終い

 時刻は丑の刻。ここが神社裏のブナ林辺りだったら、藁人形片手に白装束を着た丑の刻参りに出遭っちまってるところなんだろうが、生憎と俺が今いる場所は神社でも林の中でもなく、山道だった。ちょいと道を外れりゃあ、出遭いたくないもんにも出遭いそうだが、今はそんな余裕はねえ。俺は必死に人の手が加えられた山道を走りながら、後ろを少しだけ振り返った。
 暗い闇の中に、ぽうっと揺れながら俺を追いかけてくる幾つもの明かり。今語ってるのが百物語だったら、人魂だなんて冗句にも、少しは色がつくってもんなんだが、残念ながら俺を追いかけてくる明かりは、もうちょいと現実味があるものだ。
 明かり自体が弱弱しいせいか、ちっと見るのに苦労するが、しかしその存在をはっきりと表す、和紙に書かれた『御用』の文字。そう、今俺を追いかけてるのはお化けでも、呪いをかけてるところを見られた丑の刻参りの奴さんでもなく。
 見回り組の奴らだった。
 その数は以前よりも少なく見える。まあ、一向に捕まる気配がない義賊よりも、強盗やら辻斬りの方がよっぽどおっかねえからな。盗みは、盗まれた奴が頭を抱えてりゃいい話だが、強盗や辻斬りは遭っちまったらまず抱えるはずの頭が飛びかねねぇ。
 ちょいと暫く、俺もユノの件で大人しくしてたし、人員を裂く余裕もねえんだろう。それはそれで、こっちの仕事がやり易くて結構な話なんだが。
 だがしかし、今まで逃げて追いかけて、言うなら腐れ縁みてえな関係だったのがちょいと変わっていくとなると、どうもこう、胸にらしくもねえ寂しさを感じちまうな。案外、盗人なんてものは自分を追いかけてくれる奴がいるからこそ、成り立つもんなのかもしれねえ。
 きっと場違いに違いない感傷に浸りながらさらに逃げ足を早めていた、その時だった。
 俺の行く手を塞ぐように、前から無数の提灯が飛び出す。いや、提灯は自分から勝手に飛び出すはずがねえのに、なんでだ?
 と、思っていた時だ。その提灯がみるみる内に人の形へと変わっていき、あっという間に十代の中頃くらいの娘の姿になった。
 こいつら、提灯おばけか!
 行く手を阻まれ、俺が戸惑っている間に後ろの見回り組が俺に追いついた。まずい、完全に挟み撃ちだ。

「どうだ!今度の俺らは一味違うぞ!」
「いや、格好よさげに言ってるが要するにおめえら魔物娘に現を抜かしてたんじゃねえか!」
「うるせえこの盗人!今日こそお縄についてもらうぞ!」
「義賊だって言ってんだろ!野郎同士とは言え長い付き合いなんだから、少しは覚えろ!」
「輪っぱをかければ盗人も義賊も悪党と同じよ!さあ、今回は逃げ場はねえぞ!神妙にお縄につきな!」
「ちっ」

 辺りを見回すが、確かに逃げられる隙はまったく見当たらなかった。強引に突破しようにも、前には提灯おばけ、後ろは見回り組。前に突っ込むのは利口とは言えねえだろう。見かけは十代でも、力は力士以上だろう。ゆきめの蹴りだって男に蹴られたのかと思うほどだったしな。あ、いや今のはナシだ。ゆきめに殺される。
 となると、突破するのは後ろの見回り組の奴らの方が良さげに思えるが、煙玉を使っても抜け出せれるかどうか。ちと厳しい数だ。前門の提灯おばけ、後門の見回り組。
 ・・・抜け道がねえ。

「どうやら観念したみてえだな、この盗人め!」
「認めたくねえが、確かに俺に抜け道はねえみてえだな・・・」
「ようやくおめえをひっ捕らえる日が来たってわけだ」

 感涙しかねない勢いで昂ぶる見回り組の奴ら。・・・悔しいが、俺が出来ることはもうなにもねえ。せめてやれることと言えば、お縄につくか、みっともねえ足掻きの後に無様に地面に伏すことくらいだろう。

「さぁて、それじゃあ早速・・・!」

 まぁ、それは。
 あくまで『俺にできること』がそれくらいと言う話だが。
 俺は真っ暗な空を仰ぐと、月に向かって声の限り叫んだ。

「やっとお前の出番だぜ、しっかり働け!」
「は?おめえ、いったい誰に向かって喋ってやが――」
「う、うるさい!あくまで協力しているのはお前だろう!」

 返事が帰って来たとほぼ同時に、嵐かと思うほどの凄まじい風が辺りに吹き荒れた。それと同時に、夜空から人の影が俺へ向かって急降下してくる。いや、人の影じゃねえな。人の影に翼と尻尾はねえ。
 あるのは、ドラゴンくらいだろ。
 ユノくらいのもんだ。
 空から急降下してきたユノの腕を掴むと、俺は颯爽とその場を離脱した。瞬く間に地面との、見回り組の奴らとの距離が遠ざかり、俺は高笑いをせずにはいられなかった。

「はっはっはっは!!!いやあ絶景絶景!」
「て、てめえ!てめえこそ魔物と現を抜かしてんじゃねえか!」

 悔しがりながら俺に向かって叫ぶ見回り組に、俺は、

「物語を少しは読みやがれ!主人公には助っ人がいるも
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4 5]
[7]TOP [9]目次
[0]投票 [*]感想[#]メール登録
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33