「いやあ絶景だなぁ」
俺は一人、自分の隠れ家で酒をちびちびと呑んでいた。空にはお月さんが上って、恥ずかしそうにその姿を雲間から覗かせている。可愛いもんじゃねえか。そう思いながら酒を呷る。
ゆきめに渋々注いでもらう酒も美味いが、こうして一人お月さんを眺めながら呑む酒も美味いもんだ。一人って言うところに寂しさを感じる奴もいるだろうが、それがわからないのはまだちょいと子供だ。この心に少しだけ隙間が出来たような感覚は、俺からすれば心地いい。少なくとも、こうして空を眺めながら一人酒を呑むには、悪くない気分に浸れる。まあ、こいつも他人の目からしてみたら、必ずどいつかが格好つけてやがると茶々を入れるんだろうけどな。
それでも、いいもんだ。
と、こうして酒を呑めているのも、俺が無事あのユノと名乗ったドラゴン(ようやく名前を思い出した)から逃げ切ったからなんだが。
俺の足もまだまだ現役らしい。いや、まだ二十台だからこれでガタが来てもらっても困るが。俺は一人酒で喉を潤し、深みのある風味を味わいながら、逃げ切った時のことを思い出していた。
「この私、ユノから盗みをはたらくとはいい度胸だ。今すぐ私の財宝を返せ」
ユノと名乗る魔物――多分龍の一種だろう――はやたら高圧的な態度でそう言った。さて、この状況どうしたものか。
このユノって奴は、明らかに纏っている雰囲気が違う。身に着けているものもそうだが、佇まいからジパングのどこか古びたような、奥に潜ませているような艶かしい妖気を感じない。ということは、恐らくジパングの外・・・西方の地の魔物だろう。
参ったな、西方にはあんまり詳しくない。ここは無難に口八丁で乗り切るのが得策だろうか。
「おまえさん、なにやら勘違いをしてねえか?」
「何?」
勘違い、と言われて眉間に皺を寄せるユノ。まさに一触即発の空気が漂うが、あくまで俺はとぼけて見せる。この外見、明らかに高位の魔物だ。戦うとかそういった荒事は絶対に避けたい。いや、なら盗みに入るなという話になっちまうんで、これはもう俺の自業自得としか言えないんだが。
だが、自業自得だとしても俺はここで終わるわけにはいかねえ。貧しい奴らが俺のことを待ってるんだ。待っている奴らがいるのに、いきなり消えちまうなんざ、そんなの義賊でもなんでもねえ。俺は消えるときにはまた華やかに散って消えたい。それこそ桜吹雪に覆われるような華やかさで。
「勘違いなわけがない」
「いや、勘違いだって。自分のご先祖様辺りから思い返してみろって」
「お前ふざけてるのか?」
まずい、口八丁が通じない。というかこの手の手段が通じない相手にはもう最後の手段に入るしかない。
ここでもう最後の手段に入るなんて、義賊ともあろう者がと思われるかもしれねえが、そいつには大いに反論をさせてもらう。義賊の第一条件は盗むことだが、次に大事なのは生きることだ。消えちまった義賊の面影に縋るような真似をさせないためにも、姿を消したりなんてことは御法度だ。
というのは言い訳で、まあ実のところ俺はそんなに魔物に対する手段を持っていないのが本当の理由だ。だって考えてみろ、魔物だぞ。ゆきめみたいに友好的な奴もいるにはいる。だがジパングとて攻撃的な奴はいる。ウシオニとかがいい例だ。まあウシオニが格別強いだけで、他にも相手取ると厄介な奴はわんさかいるんだが。
基本的にまず身体面で不利だ。能力が違いすぎる。武器を持っていたところで勝てるかどうか、武術の達人でギリギリいい鍔迫り合いができるってとこだろう。
なら下半身の武器を使ってみればなんて下世話な話はなしだ。いやそりゃあ可愛いこちゃんにはもう反応しちまうが、それでも今まで抱いてきた女はみな、人。
人外を口説こうって言うのには、それなりの勇気がいるもんだ。股に蹴りを食らうくらいの勇気は。
あれ、これ俺だけか?
「ふざけてなんかいねえさ。俺はいつだって真面目だ」
「嘘をつけ、お前のような外見の奴が聖人君子なものか」
「いやそこまで自分を誇示してねえよ?」
兎も角、この窮地(今度は正真正銘の窮地だ)を逃れるために、俺は軽口を叩きながらも必死に策を考えていた。不意打ち?いやそれでどうにかなる相手じゃねえな、どう見ても。かと言って正々堂々正面から向かって行くのはうつけ者のすることだしなあ。
どうしたもんか。
「第一、 そこまでいちゃもんつけるならおめえ、物的証拠はあんのか?」
「証拠ならある」
「ほう、どんな?」
「私がこの目で見た」
「・・・」
いや、目撃証言は物的証拠じゃねえよ。こいつ、天然かもしれない。ひょっとすると、これは上手くいくかもしれねえ。俺の頭の中に、一つの妙案が浮かんだ。いや、それを妙案と言うかどうかは見てのお楽しみという
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