盗みを覚えたのは五つの頃だった。その時にはもう産んでくれたお袋も育ててくれた親父も死んじまって、わずか五歳で早くも天涯孤独の身の上となった。そんな状況で当時小童だった俺が生き延びる術と言えば、そりゃあもう盗むしかねえ。悪事に手を染めるしかねえ。いや、悪事なんて言いかたはちと大げさかもしれねえ。自分を棚に上げて言わせてもらえば、これはどれも生きるためには仕方のねえことだった。
なんせ、一寸先は闇なんて言葉が本当に思えたくらいだ。だから盗んで盗んで。
盗んで盗んで盗んで盗んで。
気がつけば、俺が小童から立派な二十歳をちょいと越えたときには、盗めないものはなくなっていた。
そして、十八歳のあたりから俺の行動は変わる。単に盗むだけではなく、盗んだもんの幾つかを、貧しいやつらに与えるようになった。ようするに、義賊ってやつだ。一応、俺の名誉のために明記しておくが、こいつあ下心があってしているわけじゃあねえ。俺と同じような境遇の奴らをほっとけねえだけだった。
そんな訳で、俺ぁ今日も。
「あっはっはっはっは!!!大漁大漁!!!!」
「てめえ待ちやがれ!今日こそお縄につけてやる!!!!」
屋根から屋根へと飛び移り、韋駄天のように走り抜ける。既に辺りは暗いが、それで足元をとられるなんてヘマはするはずがない。伊達に盗みだけを何年もやってるわけじゃあねえからな。
下では見回りの奴らが今日こそ俺をひっ捕らえようと追いかけているが、まあいつものことだ。これも、もうお約束のような光景になっていた。
小脇に風呂敷を抱えて逃げる俺と、それを追う無数の提灯の灯火。だが、その距離は次第に開いていく。当然だな。余裕の笑みを浮かべて完全に見回りを撒こうと思っていた、その時だった。
「いつもと同じではないぞこの大泥棒!」
なんと屋根の上にまで見回りの奴らがいた。なるほど、少しは学習しているらしい。だがこちらとしても捕まってやるつもりなんぞ毛頭ない。なにより捕まったら貧しい奴らはそのまま野垂れ死ぬだけだからな。そいつだけは、御免だ。
「おいおい、言ってるだろう、俺は義賊だ。間違えんじゃねえ!」
「どっちも同じだろうが!盗んでることに変わりはない!」
「かぁ〜、頭の固ぇ奴だなあおい!そんなんだからいつまで経ってもいい相手が見つからねぇんだろが」
そう言って、俺は千両箱を抱えている方とは反対の袖から、そっとそれを取り出す。それは乾いた紙で幾重にも包まれているが、そこからは確かに仄かにツンとくる刺激臭がした。いつだって逃げるときには一つは持ち合わせている、頼もしい相棒だ。
それを目の前に立ちふさがる奴に堂々と見せ付けて俺は叫ぶ。
「ほうれ爆薬だ!早くしねえと吹っ飛んじまうぞ!」
「な、馬鹿よせやめろ!!!」
「そらっ!」
当然爆薬なんかじゃない。そんなことしたら俺が今踏んでる屋根の下はいい迷惑だろうからな。いや、盗みもじゅうぶん迷惑だろうっつう声が聞こえそうだが、そいつは違うと言わせてもらおう。
俺が勢いよく投げたその球体――煙玉――は特別製だった。包んでいる紙は特別火が付きやすい。そして、その煙玉に向かってちょいと火種もぶつけるように投げつければ。
一瞬だけ暗闇に火花がその明かりで存在を強調したのもつかの間、次の瞬間には暗黒と表現しても生ぬるいほどの黒煙が辺りを包んだ。この煙の中で目の自由が利くのは俺だけだろう。・・・とは言え、これってやっぱり下の家にも煙いくよなあ・・・。やっぱりここら辺でこの相棒とはおさらばして、もっと奇天烈で見栄えのいいもんにするべきかもしれねえ。
そんなことを考えながら、俺は文字通り煙に巻いて、撒いてその場を後にした。
さて、見回りを撒いたところで早速盗んだもんを貧しい奴らに与えるのかと言えば、そうじゃあない。なんせ盗んだブツがブツだし、見回りも目を光らせている時からまた姿を現すのは、自分からお縄につきたいと言ってるもんだ。だから、盗んでも数日は貧しい奴らには我慢してもらうことになる。その間、俺が何をやっているのかと言うと。
「よお!ゆきめ、抱きにきたぜ!」
ある遊郭にぶらりと遊びに行く。いや、これは男ならわかってもらうと思うが、正義を貫くためには多少の遊びくらいしたいもんだ。な?・・・俺だけだろうか。
「相変わらず別嬪さんだなあ。今日こそ抱かせてもらえるんだろ?」
「お帰りくださいな」
「いや早えよ!せめてもうちょい悩もうぜ!」
「あなたがもう少し好みでしたら悩みましたね」
「なんなら煙管の煙を俺の顔にかけるだけでいい!」
「可愛がってくれなんて合図をあなたにするくらいなら、この格子を蹴り飛ばして逃げます」
この遊女なのに客への扱いがなってない奴はゆきめと言う。容姿だけなら傾城すら容易いほ
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