旅商いの手記

 いやはやさてはて、旅商いを始めたはいいが、ここまで前途多難だとは思ってもいなかった。訳ありの品多数。まあほとんど魔界のものなわけだが。だが、この品をどう売捌くかも自身の商才次第だろう。
 腕がなるものだ。
 さて、商売をするからには、手記をつけ、事細かに記録をしなければ品の売れ行きを推察したりすることはできないだろう。生憎と、そこまで記憶することが得意なわけではない。すぐに記憶を失ってしまう、特異な者でもないが。
まずは今日から、少しずつ記録をつけてみることにしよう。


○月11日

今日は宗教国家ソプラノでホルスタウロスミルクが売れた。反魔物国家で魔界のものを売るとは気でも違ったのかと言われそうだが、私に言わせればそれは臆病者の言うことだ。商いで栄えるためには、危険には一歩どころか二歩三歩踏み込まなければ成功などしないだろう。
 それにわざわざ堂々と商品名を出して商売するわけがない。特別製の牛乳とのたまったまでのことだ。
 さて、ホルスタウロスミルクを買っていったのは、ソプラノで一番の腕を持つと言われている勇者の少女だった。どうやら慕っている男が胸が大きい女性が好みということを聞いて、ショックを受けたらしい。
 勇者と聞くと、他人を寄せ付けないような、どこか神々しい存在なのかと偏見を持っていたのだが、実際に商品を通して私が見た姿は、なんてことはない、少女らしい悩みを抱えた、少女らしい少女だった。
 彼女の想いが実ることを、祈ろう。


○月12日

 今日はそろそろソプラノから出て、別のところで商売をしようと思っていたところで、再び昨日の勇者の少女と出会った。
 開口一番勇者が言うには、お金はあるだけ出すから、昨日のあの牛乳をありったけ譲ってほしいとのことだった。聞くところによると、優しくとろけていく甘さと、濃厚でありながらしつこくない風味に虜となってしまったそうだ。それだけでなく、胸も少し成長したようで、もう手放すことができないと言っていた。
 幸い、少女が出してくれたお金はじゅうぶんなものだったので、円滑に商売をすることができた。
 さて、・・・私はそろそろこの国からは去るとしよう。
 長居は無用とわかれば、どれだけ利益が得られようともすぐに去っていくのが、商売で失敗をしないコツだ。


○月20日

 風の噂で、ソプラノが親魔物国家になったという話を聞いた。どうやら内部に魔物との内通者が侵入していたらしく、魔界産の商品を勇者に売りつけていたそうだ。
 国一番の勇者が敵になり、あっさりとソプラノは陥落したらしい。
 はて、いったいぜんたい、商品を売りつけた者とは誰のことなのだろうか?


■月1日

 今日は道すがら出会ったメドゥーサに、メルティ・ラヴを売った。なんでも、夫に対して素直になれないのが悩みらしく、せめて夫婦の営みの時くらい、本心の蛇の髪だけでなく自分で伝えたいとのことだった。
 魔界ハーブのメルティ・ラヴならば、お互いにべったりと甘え、見ている者がいれば砂糖を吐きたくなるほどに甘い空気ができあがるだろう。
 客の要望に一番適した品を売るのも、商人の努めるべき務め。これできっとあのメドゥーサも満足してくれるだろう。別に私はやるべきことをやっただけなので、善行をしたという訳ではないのだが、どこか温かくなるような気持ちを覚えずにはいられない。
 彼女も今頃、夫と甘いひとときを過ごしていることだろう。


■月2日

 なんと、感謝されるどころかメドゥーサから説教を受けてしまった。そろそろ出発しようかと思っていた頃に、思わず逃げ出したくなるような勢いで私の元へと這ってきた。
 メドゥーサは開口一番、普段言わないようなことまで言ってしまったとか、恥ずかしくて彼の顔がまともに見られないとか、そんな苦情を言ってくる。
 なんだかごちそうさまと言いたくなるような罵倒(?)を浴びせられ、困惑していると、メドゥーサを追うようにして、彼女の夫らしい人物が現れた。
 途端にメドゥーサは口を閉ざしてしまうあたりに、普段の上下関係が見てとれる。
 本当にすいませんと、丁寧に頭を下げるメドゥーサの夫につられてこちらも頭を下げる。メドゥーサは謝るのは向こうの方だと抗議していたのだが、夫が口付けをして言葉を封じると、顔を真っ赤にして何かを叫びながらどこかへと去ってしまった。
 夫の方はというと、普段よりも甘い日を送ることができたということで、さらにメルティ・ラヴを買い取ってくれた。思わぬ棚からぼた餅だったが、いやはや、良い商売ができた。


■月9日

 ふらり立ち寄った親魔物国家ウツロギで、我利我利亡者の顕現とも言える我ら商人の商売敵、刑部狸と取引をした。
・・・我ながらとんでもない相手と取引をしたものだ。危険には踏み込まなければ云々
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