王国に忍び寄る蛇影

 月は今宵も金色の光で、ファラオの治める遺跡を上空から優しく見守っていた。
そんな月と同じ色の瞳と夜空と同じ色の体躯を持った影がいた。

影は素早くテラスから室内に侵入し、もはや今宵の夜伽も終わり、安らかな寝息を立てる二つの影に音もなく忍び寄り、口からチロチロと舌を蛇がするソレの様に出し入れし、眠っていることを確認すると吸血鬼が従者の血液を啜る時の様に首筋をさらけ出させ、犠牲者の男に……その毒牙を掛けることは敵わなかった。

「何者だい?」
大きく開けられた口の中に突きつけられたメイル・ブレイカー。男―カイル―は半ば寝ぼけ眼で夜更けの訪問者に問うた。
「もう一度聞こうか……っと、失礼。これじゃぁ話せないね」
ゴメンゴメンと、メイル・ブレイカーを手元に引き付け、それでもなお切っ先を眉間に残心を解かず、訪問者に再度問う。すると
「だんなさま〜っ」
「メルシスさま〜〜っ」
と寝室の外から勢い良く扉を開けてきたのは巡回中のマミー達だった。
「おのれぇぇぇ〜ぞくめぇぇ〜〜」
「えいへ〜!えいへ〜!」
どこか間の抜けているマミー達の声に毒気を抜かれたか、多少戸惑っている。さらにマミーの声を聞きつけたのか、他の巡回中の衛兵が駆けてくる音が響く。
訪問者は不利と悟り、その身を部屋の石柱に身を絡ませ天窓の付近から外へと逃走した。


「申し訳ございませんでしたッ!!」
翌朝。
ファラオの眼前で、腰が折れてると言わんばかりの勢いでこの遺跡の管理者が頭を下げに来ていた。昨晩の刺客の件である。
「よいよい。妾も我が君も大事無かったのじゃ」
この遺跡の周辺を治めるファラオのメルシスと
「そーそー」
俺もまだまだ行けるね……と両手の間接をパキパキと鳴らすカイル。
「しかし……何者であろうな?妾は寝てしもうたものでのぅ。顔を見ておらんのじゃ」
「牙があり舌も長くて石柱に身を絡ませていたから、ラミアだったと思う……けど」
「なんじゃ?」
続けよ、と先を促すメルシス。
「あぁ。なんか……こう、フツーのラミアとは雰囲気?が違った、というか……あ!エラ!!エラだ!エラがあった!!」
「ほほう……これはちと」
「マズイ事になりましたね」
遺跡の中の寝室に重い、空気がただよった。


くぅ……失敗した。
女は苦虫をつぶしたような顔で露天街を歩いていた。
いや。正確に言うなら這っていた。か。
彼女の下半身は蛇のソレだからである。
遺跡周辺の魔力が高まり、種族的宿敵とも言える、ファラオの復活を感じ取り、自身がねぐらにしている遺跡の奥からここメルシアに来たのだが……予想外の邪魔が入った。夫を娶っていた事は想定内だったが、まさかアレ程の手練とは。
「……何をするにしても、計画を練り直した方が良さそうですわね」
そう考えると彼女は裏路地に向かい
「アレは……イイモノを見つけましたわ♪」
くふふふ……と含み笑いをすると一人のスフィンクスの後をつけはじめた。


「あぽぴす?」
「そうじゃ」
「そうです」
「なんかかわいらしい名前だねぇ?」
カイルは暢気に笑顔を浮かべている。
「はい。しかし、かわいいのは名前だけでして、私はファラオブレイカーと呼んでいます」
「物騒だね?でも魔物娘なんだから、こっちが殺される事はないんだろう?」
「えぇ。旧魔王時代はファラオの眠りを永きものから永遠のものへ変えるものとして、神に造られたモノでした。現魔王様に代わってからはもちろんそんな事はありません。彼女の種族の神経毒の効果は二つ。一つは彼女に絶対服従する愛奴に変える。ヒトの身であれば、ラミアにその身を変える。二つ目はファラオを含めどんな魔物でも終始発情させる、しかも二つとも永遠効果が消えることはありません」
「という事はナスターシアが受ければ、夜のナスターシアが普段から見れる、という事か」
「そうじゃの」
「はい?」
「それはそれで見てみたいね(のぅ)?」
何を悠長なことを仰っているのですか!とナスターシアは半ば呆れ怒り、
「そして最後には彼女が王国を乗っ取り、常夜の魔界へと変えるのです」
と締めた。
「妾は今の風景が気に入っておる。露天商のジパングからはるばるやってくる刑部狸や魔界豚に跨るゴブリンの商隊。それらと交易を交わす為にやってくる方々の国のニンゲン、オアシスで戯れるウンディーネとソレに混ざって遊ぶニンゲンの子、魔物の子達。みな、昼は働き夜は愛し合う者同士で互いに暖めあう。妾は今のこの風景が好きなのじゃ。愛おしいのじゃ。アポピスの望む暗黒魔界とやらも、さぞ住み心地は良いのであろう。きっと婿殿も気に入るであろう。しかし、そこに今のこの風景はないのじゃ。」
まぁ、興味がないわけではないし魔物娘としては失格かもしれぬがの、とメルシスは続けるが、その瞳は己の民の今を守ろうとせんとする強い眼差しだけ
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