砂漠の遺跡内最深部
「仕える主も守るべき部下ももはやこの場にはいない!眠れ!貴様の主と共にッ!!」
愛剣の刃は潰れ、体中から血を流しながら男は告げる。
何合、打ち合っただろうか?
「まだだッ!!ファラオが眠りから覚めるその日その刻まで私は、私達は絶ッッ対にッ!!負けないッ!!!」
ファラオの寝所でこの賊を好き勝手させるわけにはいかぬ。
対峙するジャッカルの魔物も皮膚を切り裂かれ、男と同じく血達磨になりながらも、その瞳にまだ諦めの色は見えない。
実際、アヌビスは善戦した。
これまで何人もの盗賊・勇者を撃退し、部下の伴侶、マミーにせしめて来た魔術が呪術がまったく効果を示さない勇者相手に対し、動揺せず肉弾戦となっても力負けすることもなく、勇者を満身創痍の状態までにした。
そろそろ決着が付く。おそらくは次の一手で。
クレイモアを振りかぶり必殺一撃を放つ。
「さらばだ!主人の元に還れ!!」
「あぁ還るとも。だが、還るのは私だけじゃぁないッ!」
相打ち狙いでアヌビスは貯えた魔力を一撃に込め、杓杖を振り上げる。
二人の武器が振れ合い、大きく両者の体勢が崩れた瞬間、部屋の空気が変わった。
「お帰りなさいませ。我らが王よ」
カイルに背をむけ気配の方向に向き直り、かしずくアヌビス。
「うむ。御苦労であった。我が番犬ナスターシアよ。」
一人のアンデッドがアヌビスの目線の先に居た。
「ナスターシアよ。下っておれ。こやつは妾が相手いたそう。」
「恐れ入ります。」
素直に「王」と呼ばれたアンデッドの言葉に従うアヌビス。
カイルは呆然としていた。
今までどんな敵でもこの一撃で退けて来た。
どんな障害も乗り越えてきた。
もちろん必殺剣を相殺された驚きはある。
だがそれだけではない。
眼前のアンデッドが放つ魔力、気魄、オーラが空気を通しびりびり伝わってくる。
非常に不味い事態になった。
まさか…こいつは……
「そなたの仲間は…すでに門番の晩餐になった様じゃな。それでもまだ戦うのかえ?」
アンデッドはカイルに眼をやりながら王の様に威厳と気品溢れる動作で対峙する。
「それがどうしたッ!」
カイルは必死に新たに現れたアンデッドに気魄で必死に抵抗する。
身体が言う事を聞かない。剣を収め膝を折り頭を垂れ、彼女の言葉に屈する事が至福に思える、
それらを必死に振り払うかの様に高らかに名乗った。
「俺は『勇者』アルバート・カイル!『主神の残り香』!!
剣、折れれば折れた切っ先をその手に突き刺し主神に仇なす者を切り裂き
盾、壊るればその身を持ちて主神とその子らを護り
兜、砕けれどもその頸が空高く舞うまで戦い
鎧、切り裂かれるとも気概を持ちてその身を鋼とす
逝くぞッ!死に損ないッ!!」
もはや斬ることの出来なくなったクレイモアを八相に構え、両の眼を見開き最後の抵抗を始めた。
「良いのぅ。それでこそ。それでこそ正に『勇者』よ。主神の下僕よ。ヒトの子よ!古き刻の残り香よ!妾は『紅砂の嵐』メルシス・アナク・セテン!古代ミャーナ文明が女王!!我が悲願千年王国が夢の為、そなたを我がものとせん!来いッ!『勇者』カイルよ!!」
メルシスの杖から光の弾がカイルに向かって吐き出される。
「ぜりゃァァ!!」
クレイモアで光弾を打ち落とし、ガントレットで弾き飛ばす。
「流石じゃ。その身体でよくその様な芸当ができるものじゃ。」
ナスターシアが苦戦するのも当然じゃ。とメルシスは付け加える。
「じゃがの。」
とメルシスが再び杖を振るうと、カイルの鎧のタリスマンが砕けた。
「しまった!!」
「そのタリスマンであろう?ナスターシアの魔術と呪術を防いでおったのは」
メルシスの指摘通りであった。
彼がアヌビスの呪術を防いでいたのは正に今砕け散ったタリスマンの効力であり、先ほど光弾を打ち落としたのも弾いたのも全てタリスマンの効力だったのだ。
『主神の厚い加護を受けたタリスマン』と魔力の影響を受けやすい体質。この条件が重なりカイルはバフォメットの扱う魔術やエキドナの扱うレベルの呪術ですらほぼ無効化出来る力を得ていた。
それ以外の装備は名も無き傭兵のものと大差なく―勇者と呼ばれる彼がその様な処遇なのかは此処では割愛するが―唯一の切り札である、タリスマンを失い主神の加護を他に持たない今の彼は、もはや一人の唯の人間に成り下がった。
「もうそなたに主神の加護はない!大人しく妾のものになるが良い!」
「あ……ぅぁ…」
メルシスの魔力に中てられ、彼の中の『守るべきもの』が主神から魔物娘に書き換えられて行く。
命令、いや洗脳にも近いそれは、彼に洗脳とは思わせず、むしろもとよりそうであったと優しく思考を狂わせる。
「まもるべきは……」
膝を折る。
「まもの」
剣を鞘に収める。
「そうじゃ。真に守るは主神に
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