「さ〜て。 今日はこの辺にしておきましょか〜♪」
そりを適当なところに停め、積荷を降ろし、白銀の湖面に穴を穿ちはじめる。
天候は快晴。
しかしながら春の訪れはまだ遠く、氷の女王が微笑むこの季節、グラキエス達が舞い踊り、氷雪が湖を封印し、外界との接触を完全に遮断していた。
「今日も今日とてアイス・フィッシング〜♪誰にも〜止められネェ〜♪」
此処は欧州某湖。海からも近い湖である。
「今日はグレーリング♪昨日はパイク♪明日はパーチ♪あぁ素晴らしきかな我が釣り人生♪」
…と作詞作曲・自分の歌を口ずさみ、ドリルで湖面に穴を穿ち、15分もすると釣り糸を垂れ始めた。
青年は湖畔に住む極々普通の青年であり―少々釣りに狂っている部分もあるが―今日も仕事の成果のテストと趣味を兼ねて湖面に出ていた。
夏は湖面をボートで駆け回り、冬は今日のようにスノーモービルで駆け回り。
ちなみに、まったく関係の無いことだが、昨日は歌詞のような釣果は上がっていない。
実際にはレイクトラウトが2匹にパーチが3匹である。
釣った魚の大半は近所で宿屋を営むイエティの夫婦に寄贈した。
釣り糸を垂れ始めて半日が過ぎ、今日はボウズかと諦め、疑似餌を回収し始めた時。
竿が大きく弧を描いた。
愛竿の強度を考えると超が着くほどの大物である。
「俺は釣師エルク・ルペノ。俺の疑似餌は有象無象の区別無く全ての魚を釣り上げるッ!」
と。気合を入れ、獲物を竿の反発力とリールのドラグを最大限に使い
「うぅおぅりゃぁぁぁ!」
と、一気に引き抜いた。
が、本当に大きい獲物の様で、なんと氷に空けた穴に引っかかって、出てこれない様である。
「ぬぉぉぉぉ…」
何と言う大物か。
間違いなく釣り上げれば自身の最高記録達成は確実である。
しかし、湖に深く敷き詰められたような氷をどうにかしない限りは、如何とも出来ない状態である。
針に掛けてからすでに10分以上が経過し、エルクの体力が限界に近づいたその時……
「うひゃぁ!」
足元に鋭い金属が突き出てきた。
さらに、その金属は驚くエルクを尻目に、最初に空けた穴からざっくざっくと扇状に広がり…
ついにエルクは自身の記録達成の大物と邂逅した。
「ちょっと!痛いって言ってるでしょ!!」
「あれ?」
エルクは見とれていた。
金色の緩くウェーブのかかった髪に、オーシャンブルーの眼差し。
さらに出るところは出た体系。
十に八九は間違いなく美女と言われる顔立ち。
しかしそれを打ち消すかのような、ミスマッチな頭上と下半身の海洋獣のきぐるみ。
その辺の村娘が同じ格好をしたら間違いなく「ネタ?」と思われてしまいそうな、そのきぐるみも彼女には不思議とマッチしていて、親しみが沸いた。
「あれ?じゃないわよっ!久しぶりに湖の魚を食べようと思ったら、何かが髪の毛と毛皮に絡まるしおかげで髪は傷むし毛皮には大穴が開くし!この間リペアしたばっかりなのよどーしてくれんのよ!!」
エルクが釣り上げたもの。それはセルキーだった。
「しかも!」
さらにセルキーは続ける。
「湖面に近づいてから、氷を叩いているのに、気づかずに引き続けるなんて。ど〜ゆ〜神経してるのアンタ!? …って聞いてるのッ!?」
と。そこまで聞いてエルクはある事に気づいた。
「あ。」
「あ。じゃないでしょう!あ。じゃ !」
さらにまくし立てるセルキーさん。
「いや。その。ごめん。下…」
とエルクが指す所を見ると……
「え?きゃっ!!」
どうやらエルクのパワーファイトのおかげでファスナーが壊れてしまったらしく、いつの間にか脚の着ぐるみが脱げてしまいそれに気付かず、彼女は下半身丸出しで怒鳴り散らしていた。
「いや。その…ごめんなさい」
と。青年はセルキーに謝罪した。土下座で。
「落ち着いた?」
「うん。」
と。エルクに下半分の毛皮の事を指摘されてから、セルキー―ミェーフ―は互いに簡単な自己紹介をし、今はエルクの防寒具を借りて、さらに彼のポケットボトル―中身はジパング酒―で暖を取っている。
「ごめんね?毛皮。」
エルクは何度目か分からない謝罪を口にした。
湖面をなでる風は海が近い事もあり、潮の香りと、湿気を含んだ寒風がエルクの体温を奪う。
しかし、彼女の大切な毛皮を壊し、さらに紛失させてしまったのは自分の落ち度であるとの思いもある為、甘んじて今の状況を受け入れていた。
「ホントよ…どうしてくれようかしら?」
…と言っているミェーフの眼はエルクを睨み付けて…いなかった。じぃ…っと視線を向けてくる。
ジパング酒の所為で、顔も少し朱が指している。
「さ、寒くない?」
とエルクは話題を逸らそうとしていた。
エルクは彼女に一目惚れしてしまっていたのだ。この湖の湖畔に越してきてからと言うもの、仕事を含め、日がな一日中湖面に疑似餌を投げ続け
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