「……この葡萄、はずれかな……」
早朝。
一つ摘まんだ黒みを帯びた山葡萄の実は、口中に強烈な酸味を広げる。
口直しにと口に放りこんだ椎の実が、甘いのではないかと錯覚するほどだ。
「うーん……、さすがにこれをお礼に渡すのは無理」
お礼、というのも勿論アイリにだ。
先日は散々っぱら世話になったうえに、ケガの治療までしてもらった借りがある。
口だけでお礼を言ってそれで済ませるには、さすがに居心地が悪い。
せっかくまともな友達ができたのなら、可能な限り対等な立場でいたいし……。
「そもそも、どうゆう物をプレゼントすれば喜ぶ?」
ガールフレンドはおろか、友達も親も物心ついたころからいなかった身としては、世間一般のごく普通の友達に対して友愛の印としての贈り物なんて何がいいのか分からない。
おまけに、アイリは魔物だ。
僕が食べ物を貰えれば喜ぶからと言って、アイリが食べ物をもらって喜ぶとは限らない。
そもそも、アイリが人間の食べ物が口に合うかも分からない。
「…………まぁ、とりあえずアイリのとこに行こうかな」
よくよく考えてみれば、別に、急を要する話じゃない。
ただの自分に対するけじめの問題だ。
ともすれば、ゆっくりと考えてからの方が僕のためである。
「さて、こっちだっけ」
アイリが住処といった洞窟は。
ほとんどうろ覚えだけど、おおよその方角くらいは見当がつけれる。
彼女が魔物なせいか、嫌悪感を抱いてないせいかその心を聞き取りやすい。
ある程度まで近づけば、ちゃんとした位置まで割り出せる自信はある。
「なんか、すっごいストーカーっぽい……」
自己嫌悪に小さくため息を零して、もうほとんど痛みの引いた右足を進める。
そしてすぐに、自己嫌悪なんて忘れてアイリに会うことに心が弾んだ。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「悪いわね、急に貴重な蜜なんか頼んじゃって」
「いいのいいのぉ。わたしもお薬ちょっとわけてもらったし〜」
もふもふと土色の柔らかそうな手に覆われた手を振り、唯一の親友は朗らかに笑った。
それにしても……何かあったのかしら?
こんな朝早くに呼んだにしては、寝起きの悪い彼女にしては受け答えがやけにはっきりしていて、おまけに無性に機嫌が良さそうに見えることに違和感があるけど……。
そんな怪訝な考えが読めたのか、彼女はニコーっと幸せそうに微笑む。
「アイリちゃん、わたしはいまとっても幸せなのです」
「ふぅん。なに、男でもできたの?」
なんて、そんなわけがない。
この辺りは反魔物領でも警戒されている場所で、安易に人が近づくような場所ではない。
あったとしても、テル……子供が迷い込むくらいだろう。
「ま、そんなわけな―――「そのとぉりっ!」
…………………は?
「やぁね? もぉ運命的な出会いでねぇ、とってもキュートでねぇ!」
「ちょっ、ちょちょ、え、何? ジェミニ、アンタ本当に男できたの!?」
嬉しそうに語り始めようとするジェミニを止めて、自分でも慌てていることが分かるほど裏返った声が口から飛び出た。
しかし、キュートとは何だ。その辺も詳しく聞きたい。
「うんっ! アイリちゃんのおかげで!」
「アタシのおかげ!?」
更に意味不明になった。
ジェミニに何かのお膳立てをしたつもりはない。
というか、お膳立てする前に、その膳を自分で食べてしまうはずだ。
そして、二度あることは三度あるようで、ジェミニの次の発言に更に仰天することになった。
「え? ほら、きのうアイリちゃんが石にしたあの子だよ?」
「あの馬鹿ガキかよっ!」
思わず突っ込む。
遠慮容赦のない発言に、しまったと慌てて口を塞ぐが後の祭りだ。
「アイリちゃん、そういうこという口はどのお口?」
「ななな、何も言ってない! アタシ、何も言ってない!」
自分の好きな男をバカにされて黙ってられるほど、ジェミニは温厚なキャラではない。
口調こそ温和なものの、普段であれば問答無用で頬を抓りあげられたはずだ。
現に、今も彼女の手がわきわきと動いている……。
「っていうか……、どこが運命的なのよ。びーびー泣いてる子供の石像ひろうって……」
彼女の万力の如き握力は身をもって知っているため、露骨に話題をそらす。
実際、いまジェミニがしたいのは彼氏自慢のはずだ。
「えぇ〜? 運命的だよぉ?」
「どの辺りがよ」
「アルラウネのみつがその子にたっぷり塗られてて
#9829;」
魔物に襲われるだろうなとは思ってたけど、あの子にいったい何があった。
思わず微妙な顔になり、続けようとするジェミニを手で制した。
「な、なかなか興味深い話だけど、それはまたの機会にしてくれない?」
「えぇ〜、なんでなんでぇ〜? ここからがいい話なのにぃ」
「その、そろそろアタシに客が来る予定なのよ。だから
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