俺は拉致されたわけで彼女は魔物だったわけで

『やったぞ!息子が勇者に選ばれた。私たちの家系からついに主神様の加護を得たものが!』

『今夜はごちそうね』

『いいや、そんなものを作る金があったら息子のための武具防具、鍛練機材を買うぞ』

『でも、こんな時くらい、ねえ、あなた』

『主神様の教えを忘れたのか、禁欲的であれ、だ。今や息子は勇者、主神様の代わりに神罰を下す者。豪華な食事など食べさせるべきではない。食『欲』と言うからな。私は息子を教義に沿った完璧な勇者に仕上げるためにこれから一切の娯楽に触れさせないつもりだ。これも勇者の親の義務であり宿命だと私は思う。悪く思うな』

『でも・・・!』

『そうだな、まずは息子のために買ったおもちゃを親戚に譲ろうか、たしかそろそろ向こうの子どもの誕生日だ』

『あなた!!』

『なんだ?止めろ、というのは受け付けんぞ』

『・・・あの子が起きてこちらを見てるわ』
―――――――

―――――

―――



「うう・・・」

気がついて薄く目を開けると、どうやら昼のようだった。窓から高い位置に登った太陽が見えた。俺は目をこする。それでかすむ視界をクリアにしようとしたが、ぼやけた視界はまだ起きたくない、と駄々をこねる。
仕方ないので、目を閉じて眠気をとる回復魔法を使った。

「魔法で自然に感じる眠気を取り除くのは下策中の下策だよ」

なんとなく聞き覚えのある声が俺の行動を良くない、と言う。俺はその声を聞いて現状を理解した。ついさっき、いや昨日か、に出会った魔物を思い出したからだ。

俺はすっきりとした目であたりを見渡した。

汚れひとつない壁。殺風景な内装。大きな窓。ぽつんとある俺の寝ていたベッド。
部屋の中は白一色で清潔な印象を受けるが、完璧すぎて不気味だ。

薄々ここはどこだ、と思い始めたところだし、ちょうどよかった。あいつがいるお陰で、ある程度いる場所は分かった。と俺は一人で納得する。どうやら俺は親魔領に連れ去られたようだ。

「おまえがいる、となると俺は虜囚ってわけか」

俺は俺が寝ているベッドのすぐ横にいる顔色の悪いそいつに言った。それに反応して彼女は首を横に振る。

「どうしてだ?俺はあんたに負けて、多分だがおまえの国にでも連れ去られたんだろ。虜囚以外の何があるんだ」

「私の生涯のパートナー、ね」

恥じらうことなく、さも当たり前のように言い放った彼女。
俺はどう答えればいいか分からず、頭が痛くなる。とりあえず、ジョークを言うなら真顔は止めろ。

「おまえに聞いた俺がバカだった」

「おまえじゃない、私はアルティツィオーネ」

俺が刺々しく言い返すと、むこうは、じとっと俺を睨みながら名乗った。

「は?」

俺はその『これからは名前で呼んでね』的な展開に思わず間抜けな声をあげた。
その間も彼女は俺が名前で呼ぶのを待つかのように睨んでいる。しかしよく見ると、あいつは顔色は悪いが、頬はほんのり染まっていて可愛いような・・・
いやいやいやいや何考えてんだ。
と俺はいったん彼女から視線を外した。
それでも彼女はもともと眠たげで八割くらいしか開いていない目をさらに閉じてこちらを見つめ続ける。

・・・。

じとー。

・・・。

じとー。

「じとー。じとー。じとぉー」

俺はだんだん近づいてくるあいつを手で押し返す。抱きついてきそうな勢いなので右手で額を押さえていたのだが、それでも近づこうとする姿には軽く焦りを感じた。

「うっさい!呼べばいいんだろ、フルだと長いから『アルティ』な、それで十分だ!」

我慢の限界でそう叫んでベッドから飛び降りた。俺に額を押さえられていた彼女はいきなり押さえがなくなったため俺と入れ替わりにベッドにダイブした。

「うぴゅ!」

なんとも表現しがたい声をあげるアルティ。顔面から突っ込んだが、ベッドなので問題はないだろう。大丈夫か、と助け起こそうとしたが、そいつが魔物だったことを思い出して止まる。

『魔物は巧妙に人を騙して食う』

司祭の声が頭に響いた気がした。
だからというわけではないが、俺は改めて彼女を魔物として見る。が、血色悪い以外の何も人間と変わりなさそうだった。しかし、気は抜けない。あの間の抜けた感じは芝居、という可能性が捨てられないからな。とおそらく俺は相手を探るような冷たい目で彼女を睨んだ。
あと、同時に彼女と面と向かってこんな顔はしたくないなと思った。
・・・何でかはわからないが、まあ、彼女のお気に入りでいる内は死なないだろうから、と本能で感じたからと解釈しておこう。
それと、あいつに構うのは疲れるからしばらくあのままほっといていいよな。

「んふふ、思ったよりいいにおい・・・」

前言撤回。全力でひっぺがす。

「おら、そんなところに勢いよく倒れて大丈夫かよ、今起こすからそこか
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