俺は落ちこぼれで彼女は・・・だれだ?

俺は勇者。とある町で生まれ、物心がついた頃にはすでに親に剣を握らされていた。
しかし、特に珍しい能力が発現するわけでもなく剣技の習得具合もよくなかった俺は勇者としては落ちこぼれ扱い。
本来だったら今、魔界への遠征に参加する予定だったが

『国が誇る勇者が簡単にやられたら我々の威信に関わるのだよ落ちこぼれ君』

と司祭様に言われ許可されなかった。
俺は感情を押し殺し、はいそうですか、なんて言えるたちではない。ついでにその時はたまたま後輩から無能勇者と言われ機嫌が悪かった。だからつい―――

―――殴り飛ばしてしまった。司祭様を。

そんなわけであの町にいればいろんな罪を着せられてしまいそうだったので逃げ出した。特殊な能力があるわけでもないが俺も勇者の端くれ。無駄に高い基礎能力と有り余る体力で追っ手から逃れたのだ。あと、運が良かったのか、俺を無能勇者、と甘く見ていてくれたおかげでこうして五体満足だ。

なぜ、こうして今までを振り返っているか?
ははは、色々とあってさ、今までの行いを悔いているところだ。

その後、追っ手から逃れたはいいものの、ワーウルフの群れに突っ込んでしまう。司祭様や他の勇者から散々落ちこぼれと言われてきた俺だ。まともに戦っても歯が立たない、とまた逃げる。くそう、あれが魔物か、可愛い。司祭様からあいつらが人を食うなんて聞いてなければ幸せだったんだろうな。と思っていると川に落ち、そして今に至る。



日はとっくに沈んだようでくすんだような夜の闇が辺りを包んでいた。

「『ファイア』」

軽い爆発音と共に火が現れる。
俺は寒くて仕方がないのでとりあえず火を起こすことにしたのだ。

「う〜寒いな」

気がついたら河原に打ち上げられていた俺は全身ずぶ濡れでくしゃみが止まらない。
あと寒い理由は濡れているだけでない。
服を乾かすためにそこら辺の木に全部引っかけたため全裸だからだ。
へっくし。
さて、さっき出した火で暖まるか。
炎に近づいて地面に座ろうとしたときにふと気づく。
・・・さすがに見た目、まずいな。
怪力を発揮するわけでもないが無駄に引き締まって筋肉質に見える体を見下ろした。
川が近くにあるため、水浴びをしていた、と言えばごまかせるかもしれないが、俺にも羞恥心はある。
はあ、とため息をついて魔力を集中させる。俺は魔法の霧を纏ってごまかすことにした。

「『ミスト』」

ぶわっと俺を中心にして霧が立ち込める。拡散してしまうとまた魔物に見つかるきっかけになるので自分の体の近くのみに発生するよう制御。そして濃い霧がオレを包み込んだところでもうひとつ。

「『ミラージュ』」

霧が光ったかと思うと俺が服を着ているような幻影を霧に映す。別に『ミラージュ』だけでこういうことはできるが、この方法の方が思ったより低燃費なのである。立体の幻影を映し出すより、霧のスクリーンに平面の幻影を映し出した方が楽、というわけだ。
とりあえず俺はこの嘘服を自分で見て破綻がないか確認する。
それから火の近くに適当な石があったため、その石に腰をおろした。
空には数えきれないほどの星がきらめく。教団領にいたならば早寝早起きを強要されてなかなかゆっくり見ることがなかった星空。
さっきまで気絶していたせいか、全く眠くないので余計鮮明に見える。
もっと早くこうして逃げ出していれば、こう、自由になってもいろいろやることが思いついたのかもな。まったくもってこれからどこに行くか、とかのプランがない。
俺は空を眺めながら思った。少し眉間にしわをよせて考えたところで、ま、今はまだ何も考えないでのんびりするか。と投げ出す。ほんとこんなだから落ちこぼれなんだ、と自分をやる気なくしかりながら、そうだな、服が乾くまでは楽にしてようか。と俺は脱力した。

―――ただ服が乾くのを待つのは暇だ。
さっきからそう時間が経たないうちにどうしても退屈になってきた。
本当に俺は勇者らしくないな、と思いつつ、火に手を近づける。

「それっ」

少し遊ぶか。俺は人差し指を火に向ける。すると、火は少し震えたかと思うと俺の動きに応えるように動き出した。

「回れっ!」

俺が号令を出す。
火が地面から離れると、俺が指で描いた軌跡を空中にトレースする。
単なる円運動から幾何学模様を描かせたり、また規則的な動きに戻したり。
夜空を赤色の軌跡が星たちを押し退けて主役に躍り出た。
町でちょっとした大道芸として披露すれば昼飯分くらいのおひねりが貰えるかもな。
俺は特殊な能力には目覚めなかったが、こういう小手先の作業は得意だった。

・・・火の玉を増やすか。

空に向けて火の玉を指揮している右手をそのままに、空いている左手を前に出した。

「『ファイア』」

魔法を発動させ、掌の上にまた火の玉を発生させた。
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