隣のお前に大好きを

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暑い。毛布のぬくもりを感じながら、大きくあくびをした。ここ最近、気温が下がってきているから、毛布を出してきたのだ。
しかし、ここまで暑いと今夜も使うかどうか微妙な気持ちになる。ぐむむ。
俺は布団を軽く放り出そうとしたが、右腕が動かない。寝違えた、のか。気力もあまりないので、早々に動かすのを諦めた。動く左手で軽く胸の辺りの毛布をめくる。感覚的に腰の辺りでばさりと布団が畳まった。ぼやっと目を開け、猛烈な体のだるさに負けてまた目を閉じる。
目が開かない。だんだんと目が覚めてきたけれど、まだ体が重い。何度も思う。眠たくて目を開けたくない。ベッドに身を任せ、すっと体の力を抜く。ぷかぷかと体が浮いているような感覚に改めて動きたくないなぁと思わされる。
そして、やっぱり、違和感がする。確かめるためにすんすんと鼻で息を吸った。
――気のせいだと思っていたが、やはり、いい匂いがする。
目が覚めてきたきっかけの1つの甘い匂いだ。朝食の用意のような匂いでもなく、自分の寝汗の匂いでもない。花のような、そう、例えるなら花の香りだ。そう考えていくと、じりじりと這うような速度で頭が覚めていく。だるくて体の方が眠りを求めてくるのは相変わらずだが。
そして、目が覚めてくると寝返りを打ちたくなる。
同じ体勢でずっといるせいか、右腕の感覚がおかしいので寝返りを打とうと思い立つ。だが、何かに引っかかるようで、どうも左側に回れない。無理に回ろうとするたび、違和感に加え、痛みのような、痺れのようなものまで感じる。よってあまり動かないほうがよさそうだと止めた。
左に回れないなら仕方ないか、と右を向くように転がる。横を向く程度転がったところで、何かにぶつかって止まった。
そして、気付いた。両腕の間に、なにか抱き枕のようなものがあるらしい。当然ながら、これがぶつかったものだろう。そして、甘い香りはどうやらそれからしてくるようだった。
それならば、抱き締めるしかない。なんとなく直感でそう思った。すぐさま左腕をそれに被せるように伸ばし、くいっと抱え込む。柔らかく、暖かく、丁度いい抱き心地だった。不思議なことに、非常に多幸感を伴うものだった。抱き枕があると、安眠ができると聞いたことがあるが、どうやら本当らしい、俺はふにゃっと笑った。
だが、抱き枕なんて買った覚えは無い。そこだけははっきりと記憶にある。頭は冴えてきているが、きっとこれは起きる前の寝ぼけた時間によく見る明晰夢のようなものか。しかし、触覚は思ったよりはっきりしている。まあ、いいか。もう少しだけ強く抱き締める。どうやら、いい匂いはここからしていたようだ。腕の中に抱きとめる確かな重量と、甘い香りについにやけてしまう。こんな夢なら、醒めなくてもいいかもしれない。もう少し、ゆっくり寝よう。
幸せな気持ちに包まれながら、抱き締めているものをぽんぽんと愛おしく叩く。撫でる。なんなら一生抱きついていてもいい。幸せだ。夢であるのが惜しい。こんなに気持ちよく惰眠に沈むことができるなんて。それ以上に、とても心が温まるような――
「ふみゅぅ」
――抱き締めているものから声がした。同時にがっ、と抱き締め返され、胸板に何かが擦り付けられるような感じもする。そして、それは俺以上に幸せそうに喉を鳴らす。とてもくすぐったい。
「えへ、へへー……えいく……ん」
眠気とか、頭の重さとか、全てが吹き飛んで俺は目を開けた。閉めきれていないカーテンから光が一筋入り、部屋を縦断している。飛んでいる埃にその日差しが当たり光の粒が部屋を舞っているように見えた。パッと見は綺麗だが、すぐに夢想は破れる。先程の光の粒の正体もそうだし、近くにある勉強机の下に散らばる授業プリント。教科書を抜き取ったために本が若干倒れている本棚。……今日朝イチで処理しようと思っていたゴミ箱。それら日常臭さ――それも台無し系のものが幻想を打ち消す。間違いない、リアルすぎる。ちょっとまて、リアルすぎるじゃないか!……夢じゃない、のか。
……で。俺は恐る恐る自分が抱き締めている何かに顔を向ける。その動作は、互いにぎゅうぎゅうに抱きついているのと、心臓が破裂しそうな緊張でぎこちない動きだった。
息を呑んだ。体が震えた。人だった。俺に抱きついている、抱き締めているのは、人だった。ちょっと待て、いや、夢だよな。さもなければ、冗談だよな。黒髪の少女の背中を撫でる。その度に彼女は、にゅうにゅうと猫のように心地よさそうな声を上げた。見覚えがあるってレベルじゃない。声も聞き覚えがあるってレベルじゃないぞ、白水鏡華!
と、とにかく、女の子と一緒のベッドに入ってるって、まずくないか。いや、やましい事はして――して、ない。してないけれど。慌てふためきながらも重い体の方は変わらず彼女の背中を撫で続ける。もこも
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