目の前のあなたに大好きを

 穏やかな日差しに、そよそよと風に揺れる街路樹の葉。窓越しに柔らかな光が部屋に降り注ぐ。リビングの椅子に座りながらふぅっと私はため息をついた。なんてのどかな朝だったのだろうか。……足が疲れてきたので居住まいを正した。私はチビなので、爪先立ちのようにしてやっと地面に足が着いているのだ。
 大きく腕と足を伸ばした後、私はくるりと反対方向に顔を向けた。じっとその先にあるドアを睨む。じっと睨んだ。何分くらい待っていた?多分10分くらい待っている。待っている。待っている。待っている!遅い!
 じわじわと潮が満ちていくように不機嫌メーターがたまっていく。むむむむむ〜っ遅い遅い遅い遅い。遅いっ!ふんす、と荒く鼻息が抜け出て、ぷくっと頬に空気が入っていく。
「ごめんなさいね。紅茶とクッキー食べる?」
「あ、いただきます。ありがとうございます」
 ピリピリしていると、ふわりといい香りがした。むすっとしている私に、紅茶を持ってきてくれたのだった。テーブルにまず手作りクッキーの入った缶が置かれる。それから英君のお母さんは苦笑いをしながらポットを傾け、カップに紅茶がなみなみと注いでいく。それに幸せを感じて不機嫌な顔を維持できなくなる私は、ちょろいのだろうと常々思う。後、クリック連打をしたくなりそうな見た目の手作りクッキー。これも甘くて幸せな味がする。にへら、と頬が緩む。
 ――っていけない、いけない。表情を変えて彼の部屋を睨んだ。それに合わせるように英君のお母さんもそっちを向く。涼しい顔をしているが、覇気と言うか闘気というか、そんなものを感じた。歴戦と言うか百戦錬磨と言うか、一種の凄みがある。叩き起こした回数は数知れず、なのだろう。
「叩き起こしてくる?」
今さらではあるが、ここは私の家ではない。幼馴染の英君のいる日端家である。おはようございます。貴方の遅刻の尻拭いに来させられました。なんというか、今日は土曜なので、そのまま休みって気でいたのだろう英君。残念。今日は部活、練習の日だ。
 さて、叩き起こす気満々の英君のお母さんだが、そのまま行かせては、英君がただで済まなさそうな感じだった。うん、勘だけれども。私の機嫌は起きない幼馴染のせいで斜めになりつつあったけれど、流石に叩き起こされるのはかわいそうな気がする。
 肉親特有の容赦なさと理不尽さが幼馴染を襲う!私は魔物だけれど、その種別上、時折他人の気持ちが突き刺さってくるのだ。『寝起き最悪』なんて気分は、まさに最悪。そんなの追体験したくない!叩き起こされるなんて、まさにざまあみろと言うやつだが、私もろとも嫌な気分!と自爆はしたくない。何より、英君に最悪な寝覚めを味合わせるのは――やっぱりやだ。
 ここまで思考時間数秒。ドアノブに手が伸ばされるまで同じくあと数秒。となると私は居ても立ってもいられなかった。
「あわわわわ、だ、大丈夫です。時間、ありますから」
あたふたしながら立ち上がる。英君のお母さんが叩き起こしに行かないように手を振った。
「本当に時間は大丈夫なの?」
「も、もっちろんです!大丈夫ですよ!先輩から少し遅れてもいいって言ってましたし」
口をついて出たのは大嘘である。
 しかし、そんなに言うならと、なんとか思い止まってくれた。訝しげな様子だったけれど。よかった。ほっと息を吐く。しかし、私には残念ながらパッと思いつく手段が無かった。無論、未だに眠りこけている幼馴染を起こすための手段だ。
 とことん彼に甘い私は、じわじわと時間を消費していったのだった。

 ――こんな事になったのは、運が悪かったと言うか、巡り会わせが悪かったと言うか。簡単な話だ。少し時間は遡る。

■□■□■

「おお、いたいた。白水、ちょっと頼みがあるんだけれど、いいかい?」
 今朝、学校に着いてから声をかけてきたのは、千汐陽子(ちしお ようこ)先輩だ。すらっとした体型、釣りあがった目が凛々しい印象を与える人で、私の所属する部の部長である。ここだけの話、彼女も魔物である。
「点呼はさっき終わったんだけれどもさ」
「は、はい」
「その結果、日端誠英がまだ来ていないって分かったんだ。連絡をしても返事が無いし、心配だから見てきてくれないかい。幼馴染だし、家も知っている、よね。頼めるかい?」
 金色の瞳でじっと私を見つめる先輩。そこには信頼とか色々な感情が混ざっていて、ああ、もう、頼まれるしかない。
「分かりました」
 2つ返事で私は行くことを承諾した。私と彼は同じ高校、同じ部活にいる。そして幼馴染とくればそりゃあ白羽の矢が立つ。なんだろう。なんで私なんだろう。そりゃ幼馴染だし、行きやすいというのもあるだろうけど。でも、付き合っているわけじゃないし。最近あまり会ってないし。それに、千汐先輩みたいに素敵な人が多い学校だ。きっと私より綺麗
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