アルティはゆっくりと口を開け、覚悟を決めたように話し始めた。いつものようにぶつりと言葉を切ることはない。声はまだ震えているが、滑らかに、すらすらと言葉を並べていく。
「私は、旧い魔王の時代、勇者として生まれた。当時の勇者は、魔物と命をかけて戦っていた分、今の勇者と比べて死者が多かったのは知ってる?」
「あ、ああ」
俺は頷いた。教団領にいた頃はその手の資料が山のようにあったから、そういった知識はある。特に勇者育成の過程で嫌というほど見せられた。
「期待、希望、願い。背負いたくないものを無理矢理背負わされて戦わされて。挙げ句、戦っているのは私たちなのに、主神様の加護のおかげでこの魔物の群れは撃退できました、と。まあ、手柄には興味がなかったけれど」
あの頃は本当に守るために戦う事だけが全てだったし、とアルティが言う。曰く、当時戦況が悪く、勇者の証である主神の加護を受けた兆候が出れば、否応なく勇者として戦場に駆り出されたとか。そして、それはアルティに主神の加護が現れたときも例外ではなかったらしい。
そして、いきなり饒舌になった彼女に俺は面食らう。時折思い出したように饒舌になるが、今日ほどなのは今までに無い。言いたいことがせきを切ってあふれたようになっている。
だが、その勢いのわりにフードの陰になっていない口元からはいつも通り無表情だろうことが伺えた。
これはリッチの性質か、それとも違うのか。
話の内容は唐突に言われたため、半ば理解できずにいた。が、アルティが一旦口を閉じたあたりから徐々に内容が頭の中に入ってきて固まる。
……あいつが、元勇者?
俺は半分驚き、だが、半分は納得していた。前に戦った時、アルティはやたらと強かった。それにいつか意味深な事も言っていた。
アルティは止まらない。矢継ぎ早に言葉を並べてくる。
「それで、私は――私は。笑わないで聞いて、当時戦っていた頃の私はあまり魔法を使えなかった。元々私は魔法を扱う家柄ではなかったし、主神の加護を受けて勇者になるまでは魔力も少なかった。魔法なんて詳しく習っている暇もなく連戦の毎日だったの。
どうやって戦っていたかって言うと、見ての通りこれで――」
アルティは背中の十字架を掴み、振り回して最後に地面に突き立てた。生じた風が河原に転がる枯れ草や落葉を転がしてさらさらと音が立つ。
彼女の背負う十字架は確かに魔術の媒体に使うより直接殴ったほうがよさそうなデザインだと思っていたが、まさかその通りとは。
俺は少し前に戦ったときを思い出しながらアルティの話を聞いていた。魔法が使えなかった、というところが少し引っかかるが、口を挟む隙がなく、アルティの独白が続く。
「――こうやって白兵戦をしていた。使えた魔法は身体強化を数種、治癒を少し、あとは魔力の塊を強引に発射する初歩的なもの。それくらいで戦っていたの。
一体ずつ倒すならいいのだけれど、多対一だと辛い。そして、相手の指揮官、将軍クラス。詳しく言うならばバフォメットやヴァンパイアと戦おうものなら、軽く負ける程度の実力だった。居るだけで戦場1つを制圧できるような勇者がいるなか、私はあまりにも非力だった。
そう、私も落ちこぼれ。だから……無闇に自らを貶すあなたが気になったのかも。ううん、気になった。一目見たときにあんなに気になった人間はあなたが初めてだったし。あなたも今とあの時では口調が若干違うの、気づいているでしょう。あの時は少なからず興奮していたって言うのと、それで咄嗟に魔物の誰かが言っていた男を落とすための口調を試していたの。……すぐに焦りと不安でボロが出たけれど」
そう言うとアルティは十字架を背中に背負い直さず、地面に置きっぱなしにし、羽織っているローブに手をかけた。
「とりあえず、私は勇者になった時、膨大な魔力を手に入れた。けれど、さっき言った通り。それを何一つ有効に使えてない戦い方をしていてね」
アルティはローブを脱ぎ捨てた。
濃紫の布がふわりと地面に落ちる。そして、ようやく見えた彼女の顔は、確かに無表情だが、いつもより固い気がした。
下に来ていた服は袖が短く、彼女の腕がよく見える。
そして、その格好になった彼女は右手の甲を俺に向けた。そして、聞き慣れない単語をいくつか呟く。
「当時の教団は今より技術があって、色々と実験をしていたの。まあ、改造されたり実験台にされたりするのはほとんど一般兵士ばかりだったけれど―――」
仄かに光ったかと思えば、彼女の右腕に今まで見られなかった異常が現れる。
俺の『砂漏陣』に似た刻印が掌に刻まれていたのだ。
「―――たまには特殊個体で実験がしたくなるのが研究者、人の性。体質的に、実力的に、私に白羽の矢が立った。戦果を上げられず、自棄になっていた私が拒まなかったのもあるけれど。
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