魔法科の建物目掛けて走っている俺だが、無駄に息が切れる。今日は何故か調子が悪い。
空気が熱く感じられた。肺が苦しく、呼吸の度にぴりぴりと変な感じがする。
普段より数倍動悸が激しい。心臓が焼き切れそうだ。それもこれもアルティがいないからか?……分からない。
ほんの数キロが、無限に思えて、諦めたくなる。ヴィルトゥノーラという人に探すのを任せたくなる。神様にでもなんにでもすがって惨めに願いたくなる。会わせてくれ、と。
……。
馬鹿か、俺は。
俺がアルティに会いたいんだ。俺が、だ。
だから、他人に任せられるか。
俺は自分に発破をかけて道を駆ける。
ゆったりと赤レンガの道を歩く人が多い中、俺の時間だけが忙しなく過ぎて行く。そんな気がして少し複雑な気分になった。嫉妬というかなんというか、何事もなく過ごせる人たちがひどく羨ましく感じる。
あまりうじうじ考えても不毛か。
そう判断した俺は一旦思考を止めた。
そうこうするうちに街の中央部近く、領主館より少し離れた魔法科の建物がとうとう間近に迫った。
入ったらどう行動しよう、またはどうすべきか。
ついまた優柔不断な物が溢れ出てくる。
……そんなことをしているといい加減日が暮れてしまう。
だから俺は、あれこれ考えるのを止める事にした。
そして、俺は後先を考えず魔法課の入り口に突っ込んだ。
ロビーにいた人や魔物は怪訝な顔をして俺を見る。だが俺は変なモノを見る目で見られるのには慣れている。
まあ、それに悪意が無い分、教団領にいたときよりマシだ。
というか、俺が半ば待っている人たちを蹴散らすような形で突っ込んだのが原因だろうから何も言えない。
「アルティ、アルティが、アルティはどこにいるか分かりますか」
ぜいぜいと息を切らしながら俺は旧世代のゾンビのような挙動で受付の人に迫った。
カウンターの向こうで魔女が若干引きながらはいはいと返事を返してくる。そしてこの建物の中のデータを見ているのか水晶を覗き始めた。
違う、そうじゃない。待っていられないんだ。探してみている、いないじゃなく、今すぐ分かる、分からないで答えて欲しい。
そう思ったが無策に探すのでは時間がいくらあっても足りないので待つしかない。
じわじわと体が痺れていくような嫌な感覚が身体中でする。頭では分かっているがこの焼け切れそうな焦れったさは辛い。
そう思いながら、俺はとりあえず息を整える。
「アルティツィオーネさんでしたら研究室にいますよ」
瞬間息が詰まった。一瞬、心臓が握りしめられたかのように感じる。折角息を整えたが、ものの数秒で台無しになった。
目を見開いているだろう俺を尻目に丁寧に地図を魔法で投影する魔女。
しかし、その映像は俺の目に入るはずもなく―――
「ありがとうございました!」
つまり、とっくに俺は駆け出していた。
後ろから呆れたような事情がうまく飲み込めないようなそんな間の抜けた声がしたが、気にしている暇はない。
外見の暖かな赤レンガの色と打って変わって無機質な白い内装の廊下を走る。
「確かっ、個人の研究室はっ、どこだっ!」
すぐに他人の好意を蔑ろにしたツケが回ってくる。魔法科に入ってあまり経っていないのだ。
完全にここの構造を把握しているわけがない。
……おとなしくさっきの魔女に道を教えてもらえばよかった。
せっかちな自分に嫌気がさす。
まさに後悔先に立たず。
……ただ、何かしらのフラグは立っていたらしい。
「あ〜リヴェル君だ〜」
突然がしり、と肩を掴まれる。
振り向いて確認すると、俺を掴んでいたのは綿の塊のようなものを頭に乗せたモスマンだった。見た目からは想像もつかない強烈な腕力で俺は強制的に止まらされる。
ああ、トゥーモか。
物凄くふわふわしたガウンを身に纏ったモスマンは間違いなく顔見知りだった。
以前魔法科結界系の仕事で会ってから何かと出会う機会が多い気がする。
「リヴェル君がここにいるということは―――
―――アルティを探しに来た、で合ってる?」
にへらと笑っていたかと思うと唐突にぎらりと彼女の瞳が光った。
ああ見えてトゥーモは時折鋭い。
そして、一瞬で重くなった空気に合わせてトゥーモの頭の上の塊から顔が出る。
「あはー図星〜梅干し〜天日干し〜」
「烏帽子〜煮干し〜空の星〜」
突然能天気な語調ではやしたてる二人を呆然と見つめて数秒。
無言になったトゥーモと極めてにこやかなケサランパサランのコットンと目が合う。
「あはは、ごめんついやりたくなっちゃってさ」
「ごめ〜んなんとなくそれに乗っちゃった」
同じタイミング同じ動作で頭をかく二人。
姉妹らしいと聞いていたが、確かにそれっぽい。
そう思った俺だったが、勢いよく顔を振る。そういうことをしてる場合ではない、と。
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