私は薄暗い場所に舞い降りた。
立ち並ぶ建物の影にすっぽりと隠れる路地裏の陰気な場所だ。
じめじめとして、あちこちから生ゴミの腐ったような臭いがたっている。
私の白い羽が汚い色をまぜこぜにしたような灰色の地面に落ちた。
それで私は気付く。
目立つと面倒だ、と。
そう考えて私はただの人間と変わらない姿になった。
そして、翼を仕舞ってからゆっくりと辺りを見渡し、ため息を吐く。
美、と言う物に疎い私でも場違いな所に来たものだとしみじみと感じた。
「まさかこんな所に素質持ちがいたとはな」
打ち捨てられたガラクタ、乱雑に積まれた箱。私が求めていた存在は無数の意味がない有象無象の廃棄物の山に半ば埋もれるようにいた。
いや、実際にはまだ見えない。正確には、その圧倒的な魔力、聖気でその中にいると感じさせられた。そう、勇者の原石たる者の放つ聖気がそのうず高い山の中から感じられるのだ。
一瞬、何者かの罠にかかり押し潰されたのかと思ったが、違うようだ。彼の放つ聖気には少しの瑕疵も無い。
ふむ。
私は少し頭をひねった後、納得する。
このガラクタの山は住み処か、と。
よく見れば、山の内部には空洞が出来ているようでそこに何かが住んでいるのだろうと容易に想像できる。
物好きな奴だ。
私はそう思った。
容易に感じられる強さの魔力の持ち主だ。望めばいくらでも豪華な住み処が与えられただろうに。
私は有望な勇者はまだ原石といえど大抵悪くない待遇を受ける事を知っている。
彼らは我らが主である主神様の御力を色濃く受け取った者。言うなれば私たち天使に限りなく近い存在だ。地上には私たちと同じく我らが主とそれに連なる天使を崇拝する人々がそれはそれは大勢いる。故にそれらが放ってはくれないのだ。
何故、いくらでも豪勢な暮らしができる生まれなのにこのような惨めな場所に住んでいるのか。
ふ、相当な変わり者だな。
私は少し愉快になり笑いながらその住み処に近付いた。
しかし、贅を凝らした物や生活に慣れていないのは大いによろしい。
これから彼には魔物と戦ってもらわねばならないからな。ふかふかなベッドでないと寝れないなど府抜けた事をいちいち言われては困る。
ああ、そうか。
私は軽く手を打つ。
どのような状況でもしっかりと戦えるよう、このような劣悪な場所に住んでいるのか。
感心、感心。流石だな。
そう思いながら私は戸のような所に手をかけた。
刹那、不安定な山が崩れてくる。
落ちてくる物は金属を一部に使った箱、錆びた釘が突き出た木材。当たれば怪我は間違いない物ばかりだ。
そんなに乱暴に扱っただろうか。
私は戸のような物の残骸を持ち、疑問に思いながらそれらをいなした。
落下物に手甲を押しあて、滑らせるように、時に弾き飛ばし、外側に落としていく。この程度武器や魔法はおろか、退く必要もない。
思ったより量はなく、ガラクタはすぐに降り終わる。私の周りにはバリケードのようにガラクタが積み上がっていた。
そして、私は一息をついたところで鋭い殺気を感じる。
感じてすぐ、私の視界の端に何かの影が映った。
反射的に後ろに退こうとしたが、積み上がったガラクタが邪魔で不可能だった。
私はとっさに影の方に向き直り、愛用の盾を空中から取り出して構えた。
盾を持つ手に衝撃が走り、澄んだ鐘のような音が薄暗い路地裏に響く。
どうやら何かで殴られたようだ。
ふむ、戦乙女に白兵戦を挑むか、面白い。
私は気が付くと笑みながらそのまま盾でそいつを殴り倒していた。
◇◆◇◆◇◆
私が驚いたのは相手を殴り倒してからだ。その、なんだ、私は導くべき原石を殴り倒していた。
勇者の原石は私の強烈なシールドバッシュ、つまり盾での殴打で昏倒している。
不可抗力だ!襲いかかってきたのだ!正当防衛だ!
自らが導く予定の原石を自らが摘んでしまったかと自己嫌悪と混乱に陥る。
……まあ、万が一、死んだ場合は主神様の場所へと導くだけだが。
そこまで思考を巡らせたところで原石が呻いた。
「ああ、起きたか」
私は彼に声をかける。すると、彼は飛び起きて私から離れた。
それはさながら手負いの獣のようなものを感じさせた。
「……なぜ、俺は生きている」
開口一番、彼はそんな事を口走った。その言葉には弱肉強食の世界に生きる動物のような神経質さが宿っていたが私は無視した。
「なぜ生きているか?それは戦乙女、ヴァルキリーが導くべき勇者を殺すはずが……ないだろう?」
私は即座にそう答える。
彼は私のその言葉を聞いて鼻で笑った。
「それはどうも。で、ここはどこだ」
彼は薄ら笑いをすぐに心底嫌そうな顔にして私に言う。
「貴方が住む町の一番良い宿泊施設だ」
私は部屋を見た。あの後、私は彼を運び、とりあえず休
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