私を雇ってください

「もう一度言います。貴方に仕えさせてください」

私はぺこりと頭を下げた。手はぴたりと体に添え、腰を曲げる角度はきっちり90°。
幼い頃近くにいた使用人の人たちをじっくりと観察して手に入れた自称美しいお辞儀をする。
ばさり、と体が動くと同時に揺れた巨大な羽箒のような尻尾が私が何者か相手に伝える。私は魔物、種族は『キキーモラ』。仕えるべき者に仕える事を至上の喜びとする種族。
ということで彼に会いに来たのだけど……

「いらない。帰ってくれ」

帰ってくる返事は非情だった。でも、私は諦めない。

「お願いします!」

「だめだ」

言葉のキャッチボールならぬ言葉のホームランコンテスト。
私の放った言葉は聞き入れられる様子もなく弾き飛ばされた。どこまで飛んでいったでしょうか。

……じゃなくて!

私はぽかんと空いた口を閉じた。
諦めない。

「お願いします!」

「誰も雇う気はない。帰ってくれ」

諦めない!

「お願いします!何でもしますから」

「帰ってくれ」

ううっ諦めないっ!

「嫌です」

「帰れ」

「やです」

「頼むから」

「やぁ〜ですっ!」

気付くと口元が勝手に震えて目が熱くなっていた。
情けない、と袖で目を拭って感情が爆発する。

「何でですかっ!私みたいなキュ〜〜トなキキーモラが専属メイドになるって言ってるんですよ!?爆発してくださいよ!」

「俺は人を雇う気はさらさらない、それに見ず知らずのお前にご主人様と言われる覚えも人徳もない」

私を睨みつけながら彼は言う。その言葉は冷たく、突き放されるような感じがした。
だからこそ、そばにいなければ、そう思う。
この感情は私が魔物だから?世話焼きの化身キキーモラだから?いや、そうとも限らない。
私は彼との間を詰める。
とっとっ、と無言の空間に私の足音だけがよく響く。
彼は今になっても私と目を合わせようとしないし、動こうともしない。
もう……無防備な。
本当に彼の前にいるのが私で良かった。他の魔物だったら見境なくゴールインしてますよきっと。
まあ、それはそれで幸せな事かもしれないんですけど。

とっ。

私は彼のすぐ前に立った。私が先程のように礼をすれば凶悪な頭突きを食らわせることができる距離だ。そう、私は石頭です。
物理的にも精神的にも石頭なんです。
だから、何としても彼のそばに……。

「私を貴方の家に置かせてください」

彼はどうしたものかと眉間に皺を寄せた。
そして彼は思い立ったように着けていた腕輪を外した。
銀に精密な細工が施され、悪趣味ではない程度に宝石が散りばめられた物。決して安くはない。
それを彼は私の腕に着けた。

どことなく悪寒がした。背中に冷たく、気持ち悪い何かが走る。

「これはどういう――」

「その腕輪は使用人として働いた場合の賃金を計算して10年分程度に相当する。それをやるから帰れ。どうせここで働きたいのは金が欲しいからだろう」

瞬間、すっと私の周りの温度が下がった感じがした。

だめだ。

手の震えが止まらない。

いけない。

息が荒くなる。

ここで怒ったら全て台無しだ。

怒るな、怒るな。私、耐えろ。

ぐっ、と目を瞑り、息を深く吐いた。
私は自分の思いをお金に換算された事、その他のもろもろを胸の中に納める。
そして冷たく光る銀の腕輪を外して彼に返した。

「これは貴方のお母様の形見でしょう?」

私は受け取ろうとしない彼にそう言う。
すると、彼は目を見開いてこちらを見つめ、初めて私と目が合った。
そうして硬直した瞬間に私は腕輪を彼の腕に通す。
彼はそれを気にも留めず緑の瞳をこちらに向けた。

「何故それを知っている」

「さあ、貴方の胸に手を当てて考えたらどうですか」

あからさまに私を疑うような口調の彼にさらっと答える。私は石頭です。一度拗ねたら簡単には戻らない自信はあります。

「では、私は今日ここに泊まらせてもらいます。どのみち夜も遅いので。
貴方はか弱い女性を夜の森に追い出すような方ではないでしょう?
いや、しばらく居候させていただきます。私は魔物ですから断っても無駄ですよ」

半ば脅すように語気を強めて言った。口に出して少し吹っ切れたせいか表情はもう固くはないはず。
しかし、結局私も魔物でした。最終的に強引に我を通して……メイド失格ですかね。

そう思っていると彼は笑った。

「面白いやつだな。居候ならば賃金は出ないぞ」

この言葉でまた薄暗い考えは吹き飛んだ。

「それで構いません。お金には困ってませんので」

私は懐から一枚のカードを取り出した。
このカードは空間操作系の魔法を応用し、貨幣をほぼ無制限に仕舞えるいわゆる超軽量財布。
それを彼に見せた。

確か私の持ち合わせはかなりあったはず。
これでお金が目
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