夕方の四時頃、僕たちを乗せてる船は小さな無人島に停泊していた。奈々さんは数十分前に島に上陸して探検に行ったまま、まだ船に帰って来てない。
でも、この時こそ武吉さんと話す良い機会だと思っていた。
「すみません武吉さん。急にお邪魔してしまって……」
「気にしないで。実は僕も暇になってたところなんだ。夕方になると特にやるべき事が無くなるものでね」
武吉さんの個室にて、僕の向かい側に座ってる武吉さんは何時ものように優しく微笑んでいる。相変わらずこの人は太陽のように温かい人だ。
「それで、相談したい事って……一体どうしたんだい?」
「あ、はい……」
武吉さんは笑みを崩す事無く話を切り出した。
僕が武吉さんの下を訪れたのは、一つ相談があるからだ。
それは……奈々さんにも武吉さんにも話してない肝心な事。
「その……やっぱり奈々さんたちに話すべきなのかどうか、どうしても迷ってて……」
「……君が海にいた経緯の事だね?」
「はい……」
僕はまだ……奈々さんたちに全てを話してなかった。
何故僕は海を彷徨ってたのか、身体の痣は何なのか……肝心な事を話してない。
この船に厄介になって一週間は経ったけど、このまま有耶無耶にしたままでいるのは良くないと思ってる。でも、自分から話すのがとても怖い……。
自分自身の弱さが……本当に嫌になる……。
「そうだね……みんな気になってはいるだろうけど、無理して話す必要も無いと思うよ。って、前にも同じ事を言ってたね」
「はい。でも……やっぱり船に乗せてもらってるのに、隠したままでいるのも申し訳無くて……」
「そんなの気にしなくて良いよ。君にも色々と事情があるんだから、無理して話すのは寧ろ良い選択じゃないと思うな」
「そうですか……」
確かに……無理をして話したらそれこそ辛くなるかもしれない。実際に話そうとしたらあの辛い過去が頭の中に蘇ってしまう。
でも、隠したままでいるのも辛い。この船の人たちは本当に良い人ばかりだ。急に来た僕に対しても優しく接してくれて、本当に感謝している。その人たちに打ち明けないのは本当に申し訳ない。
特に奈々さんに黙っているのは心から辛いと思ってる。初めて会った時こそ驚いたけど……僕が船に乗った時からあの人は積極的に話しかけてくれて、挙句の果てにはお風呂まで……あれは恥ずかしかったけど、今では嬉しく思ってる。
僕はただでさえ邪魔になってるのに、何時までも奈々さんに話さないなんて……それこそ心が痛む。
「ルト君、一つだけ個人的な意見を言っても良いかな?」
「は、はい、どうぞ……」
武吉さんが優しく微笑んだまま、僕の目を真っ直ぐ見つめながら話し始めた。
「どんなに辛い過去でもさ、人に聞いてもらったら気が楽になる時ってあるんだよ。仲良くなって欲しい人に自分の事を知ってもらえるのって悪い事じゃないと思うんだ。たとえ辛い過去でもね」
「……どうしてですか?」
「あまり上手く言えないけど……自分の過去を聞いてくれるってのは、今の自分を受け入れてくれるようなものだと思うんだ。人には誰でも過去があるけど、その過去の経験があって今の自分がいるんだよ」
「今の自分……」
「そう。その今の自分を受け入れてくれると嬉しいと思わない?」
「……そうですね……」
そうか……確かにそうだ。
武吉さんの言うとおり、奈々さんたちに今の僕を受け入れてくれると思うと凄く嬉しい。
その為には僕の過去を話さなければならないけど……それで距離を縮めれるのなら……。
「……武吉さん」
「ん?」
僕にもようやく決心がついた。
奈々さんが僕の過去を知ったらどう思うのか……僕にも分からない。それでも僕は全部話そうと思う。この船にやって来た経緯を……。
「僕……全部話します!」
〜〜〜(奈々視点)〜〜〜
「大分暗くなってきたな……」
辺りが暗くなり始めてる最中、俺は仲間たちが待っている船を目指して浜辺を歩いていた。
島を散策したところ、人間も魔物も住んでいない。見つけたとしたら小さな鳥や虫ばかりで、それ以上に大きい獣の姿は何処にも見当たらなかった。島の大きさから見て誰も住んでなさそうに思えたが、どうやら本当に無人島のようだ。
まぁ、寧ろ誰も居ない方が気にする事無く船を停めれるから助かるけどな。
「……ん?」
暫く歩き続けていると、ようやく俺の船が見えてきた。
だが、その前に何やら前方で人影らしきものが……。
「う〜んしょ!うんしょ!うぅ〜!解けないよぉ〜!」
よく見ると、マーメイドの小さな女の子が砂浜に座っている。
だが、なんだか様子がおかしい。何やら必死の形相でジタバタともがいているように見えるが……よく見ると、魚の下半身に編み縄が絡み付いてる。どうやらあの縄を解こうと四苦八苦してるようだ。
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