冷酷な雨

……全く、我ながらなんて見っとも無い……あんなに取り乱してしまうなんて……!

「クソッ!」

自室……いや、正確には貸してもらってる部屋の端に設置されてるベッドの上に寝転んで、先程の失態を晒した自分自身を毒づいた。
メアリーには……本当に申し訳ないことをしてしまったと反省してる。だが、あいつに俺の過去を覗かれたと思うと、思わず手が出てしまった。



あいつにだけは……見られたくない過去があると言うのに……!



「……クソッ!」


やり場の無い怒りを頭の枕にぶつける。力いっぱい枕に拳を振り下ろすと、ボフッっと力を吸収する音が小さく鳴った。
傍から見れば不貞腐れてる子供も同然の姿だろう。それは俺自身もよく分かってる。だが、このどうしようもない感情が俺を支配して……何とも言えないでいる。

クロノスの過去鏡……と言ったか。あの鏡は人の過去を見る事が出来る秘宝とのこと。仮にもメアリーに、あの惨劇を見られたと思うと……胸が痛くなる。
俺のあの醜い様は……メアリーにだけは一番見られたくない。あの姿を見られたと思うと……どうも落着けない。


……頭の中に……とある少女の顔が浮かんだ。
その少女は……俺にとって大切な存在でもあった……!




「……ジャスミン……」




本当に優しい子だった。とても良い子だった。
なのに……なんであんな目に遭わなければならなかったんだ!

「……ジャスミンとは誰ぞ?」
「ああ、俺の……ん?」

……ちょっと待て?俺は一体誰に答えたんだ?この部屋には俺しかいない……ハズ……。
俺は恐る恐る、体を起こして振り返ってみると……。


「俺の……何ぞ?」


そこには、仁王立ちで俺を見下ろしてる黒ひげが……って、いつの間に!?

「ちょ!?部屋に入るのならノックくらいしたらどうだ!?」
「我はきちんとドアを叩いたぞ?だが貴様が返事をしないので勝手に入った」
「勝手にって……いや、それ以前に何故入って来れた!?俺は確かに鍵を閉めた筈なのに……!」
「このダークネス・キング号は我のものぞ。船を操っておるのも我だ。個室の鍵を開けるくらい容易いことよ」
「……要するに、魔術の類を使って開けたのか」
「そうなるな」
「……はぁ……」

体中の力が一気に抜けて、俺は再びベッドに横たわる姿勢になった。
迂闊だった……まさか黒ひげに聞かれるとは思わなかった。以前から侮れない男だとは思ってたが、本当に油断出来ない。

「全く、いきなり飛び出たもの故にメアリーも心配しておったぞ」
「……そうか……」

黒ひげはベッドの近くに立ってる椅子に腰かけた。
メアリー……あいつも心配してくれてるみたいだが、今はどんな顔をして会えば良いのか分からない。俺のあの過去を見られたと思うと尚更会い辛い。
仮にも俺はメアリーの旅の仲間なのに……なんてザマだ。

「……で、何の用だ?俺はさっき一人にしてくれと言った筈だが?」
「見るからに不機嫌よのぉ。己の過去がそんなに見られたくなかったのか?」
「……誰にだって知られたくない過去の一つや二つはあるだろ」
「まぁ、そうだな。だが、貴様の言う『知られたくない過去』とやらは、単なる赤っ恥の類ではない。もっと深刻な話だと見受けるが……どうだ?」
「…………」
「ジャスミンと言ったな……その者と関係があると思うが、どうだ?」
「…………」

年の功とでも言うべきか、黒ひげには何でもお見通しのようだ。どんどん話の核心を突いてくる。
この男には……敵いそうもないな。周囲の人から恐れられてる理由が少しだけ分かってきたような気がする。

「……あんたには隠し事なんて出来そうもないな」
「貴様のような若造の数倍以上は生きておるからな」
「そうだったな……」

こんな会話を交えてるうちに……俺は全てを話すべきなのかもしれないと考えるようになった。
自分の事を誰かに聞いてもらえれば、少しは気が楽になるかもしれない。特に黒ひげのような年配の人に聞いてもらえれば、何か助言を与えてくれるかもしれない……そう思えてきた。

「まぁ、どうしても話したくないのであれば聞かないが……」
「……さっき、あんたが言ってた通り、俺の知られたくない過去にはジャスミンが関係してるんだ」
「……話す気になったのか?」
「ああ、そうした方が楽になるかもしれないからな……」

俺は上半身を起こし、改めて黒ひげに向き直って過去の話を始める事にした。

「俺がガスタリ村の出身だって話は聞いただろ?当然、ジャスミンも同じ村で生まれ育った。あの子は優しくて、愛嬌があって、本当に良い子だった」
「ふむ……」
「だが……ジャスミンは突然消えてしまったんだ」
「消えた?」



俺は……あの日に起きた……とても辛くて悲しい事件を思い出しながら話し続けた………
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