第三章

私……死んじゃうのかな……。

海賊の麻酔から目が覚めた時には、私は船の下層部に位置する牢屋に閉じ込められていた。牢屋の外には見張りらしき人間の男が壁を背に預けて居眠りをしている。ついさっき何故こんなことをするのかと聞いても、だんまりをきめこんで何も話してくれなかった。ただ一つ分かっている事は、この牢屋を見る限り、捕まってしまったのは私だけで、ピュラだけはなんとか逃げ切る事が出来たようだ。それだけが唯一の救いだった。

キッド……あなたは今、どこにいるの?

汚れた木の板でできている天井を見上げながら、キッドの姿を思い浮かべた。
5年前のあの日、私の大切なペンダントを見つけてくれた時の思い出はずっと忘れていない。
あの時、私のペンダントを返してくれた時のあの笑顔が頭に浮かんできた。
あの笑顔を見た時、私は今まで感じた事の無いときめきをその身で実感した。
その後、キッドと何度も会っていく内に私は気付いた。

私は、キッドの事が好き…………。

カリバルナでキッドと過ごした日々は、私にとって一生忘れる事のない思い出となった。出来ることなら、キッドとずっと一緒にいたい。キッドと離れたくない。そう思うようになった。
でも、私はシー・ビショップ。私の個人的な問題で人間と魔物の夫婦の儀式を執り行う使命を放り投げ捨てるような真似は出来なかった。何よりも、天国にいる母への誓いを捨てる訳にはいかなかった。

『世界中にいる人間と魔物を幸せにするのですよ』

キッドと別れた後でも、母の言葉を胸に、私は沢山の夫婦を祝福してきた。
旅の途中で出会い共に旅をする事になったピュラに耳に胼胝が出来る程キッドと過ごした日々の話を聞かせた。カリバルナに向かう途中でも、ずっとキッドの事が頭から離れられず、もうすぐキッドに会えるという思いが私の心を躍らせた。
でも、まさかこんなことになるなんて思ってもいなかった。
会いたいのに、会えると思ったのに、会えないなんて……。

このまま会えずにお別れだなんて……さよならも言えないないんて……嫌だ……そんなの嫌だ……。
キッド……あなたに会いたい……会いたい……。

「会いたいよ……キッド……!」



***************



外が夕焼けに覆われる中、ワタクシは船長室にて黒斑眼鏡の位置を修正しながら新聞を眺めている。ただ、今の世の中がどうなっているのかなんて全く興味が無い。
むしろ、こんな世界は滅んでしまえば良い。ワタクシは本気でそう思っていた。
では何故新聞など読んでいるのか?答えは簡単。心を落ち着かせる為の気晴らしでしかない。常にこうして別のことに集中していないと心に眠る憎悪が暴走してしまう。今はまだこの憎悪を呼び起こす時ではない。
そう、『あの男』への復讐を果たすまで、無駄な力を使ってはならないのだ。今は『あの男』に対抗するための金と軍事力を集めなければならない。
三日前に始めた人魚狩りも復讐への第一歩にすぎない。人魚の血は高値で売り捌く事が出来る。海で活動するワタクシにとって絶好の獲物だ。
だが、やり方が甘いのか、三日もかけて捕獲した人魚はたったの一匹だけ。これは拠点に帰ったらすぐに対策を考えなければならない。
今日捕獲した人魚の血を一滴残らず絞り出したら、部下を集めて会議を開くか……。

「バ、バランドラ様!大変です!」

突然、ワタクシの部下がドアをノックもせずに入ってきた。

「なんですか?部屋に入る時はノックをするのが常識でしょう?で、どうしたのですか?」
「も、申し訳ございません!それが……」

部下が話そうとした瞬間、突然の轟音と共に船が大きく揺れ始めた。その衝撃で椅子から転げ落ちそうになりながらも、ワタクシは必死に耐え、なんとか立ち上がる事ができた。
これは……大砲の音か?

「何事ですか?これは?」
「は、はい!敵襲です!海賊が襲ってきたのです!」

部下は体勢を立て直しながら大声を上げた。
海賊?何故そんな事で報告してくるんだ?

「うろたえてはなりません。海賊など、今まで散々倒してきたではないですか。またいつものようにあなたたちが追い払えば済む話でしょう?」

再び大砲が撃たれ船が揺れる中、部下は申し上げにくそうな表情を浮かべて言った。

「い、いえ、それが……これは船からの攻撃ではないんです。あの大砲は……その……」
「ハッキリ言いなさい」

なかなか話さない部下に苛立ちが募り声を荒げた。

「は、はい!この攻撃は、我々の拠点から仕掛けているものです!」
「ばっ!馬鹿な!」

部下から聞いた予想外の答えに驚きを隠せなかった。

何故?一体どういうつもりだ?
ワタクシは船長室の窓から拠点の様子を見た。そこには見慣れない面子が移動式の大砲をこちらに向けて撃っていた。
あいつらは誰だ?
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