キッドを医療班に任せ、試合場を後にした僕は、石造りの通路を進んだ。
何度目かの角を曲がり、視線を動かして、人気がない事を確認した僕は、壁に手をつき、崩れる様に片膝を着いてしまった。
「か、一磨様!!」
例え人の目がなかろうと決して地に膝を付けない僕が片膝を着くという異常な事態に、揚羽が励起してもいないのに声を上げながら姿を表し肩を抱いてきた。
「一磨様!!」
応えようにも上手く声が出せなかったので、片手を上げて意識がある事を伝える。
「……一磨様、もうこのような興じに関わるのはお止めになり、不本意ではありますが、あの行商の――」
揚羽――未だ言葉を発するには苦しいが、名を呼び、そこから先を遮る。
「僕は【禁呪眼(この目)】を下賜された時より、覚悟は出来ている。それよりも揚羽、君の方こそ、僕が励起をしてもいないのに姿を現したら、その分魂を削る事になる……早く戻るんだ……」
「出来ません。わたしもこの身を【アゲハ】に投じた時より覚悟は出来ております。医務室までわたしが――」
「私がその役を変わろう」
突然の声に振り返りながら柄に手を掛けたが、柄頭に何かを当てられ、抜刀出来ない状態にされてしまった。一瞬の交差でこれ程の卓越した技を繰れるのは、この大会でも限られるため、ある程度の予想をしつつ顔を上げ、相手を確認した。
「久方振りだな、少年」
「随分と友好的な言葉ですが、それならばこの杖をどかしてくれますか?」
「なに、君との会話をする場合には、これ位の用心は必要だからな。下手したら、振り向きざまに斬り付けられかねん」
「人をどこぞの戦闘狂と同じに捉えて欲しくないですね。これでも僕は斬るべき相手は選びます」
「それで私は斬るべき相手と判断された――っという訳かね?」
口の端を上げてそれに応える。。
「適わんな……さて、いつまでもこうしてはおれん。少年は医務室に連れて行くので、君は早く眠った方が良いぞ。……これ以上魂を消耗した場合、それを補うのは何であるか――解るだろう?」
「そ、それは……っ!! わ、解っております……解っておりますが、貴男に――」
このままでは話が進まず、悪戯に時間を費やしてしまうため、アイゼンに視線を向けたまま、揚羽の肩を軽く叩いた。
跳ねる様に反応した揚羽であったが、これ以上は本当に危険である事に気付き、眉間に皺を寄せ、下唇を噛み、向けられただけで周りの気温が数度下がる程強烈な殺意の篭った視線をアイゼンに向け、徐々にその姿が薄くなり、完璧に消えた所で、僕は肺に溜まった空気を一気に吐き出した。
「毎度思うのだが……君は側に置く相手や忠義を誓う相手を選んだ方が良いぞ……」
溜息混じりの忠告と共に差し出された手には触れず、本来なら良くない事ではあるが、刀を杖代わりにして、未だ力が入らない重い足腰を無理矢理立たせる。
「ご忠告痛み入りますが、これが僕の選んだ路であるが故、ご心配無用です」
ふぅ――っと息をゆっくりと吐き出しながら、壁に手を付いて背筋を伸ばし、アイゼンへと顔を向ける。
「さて、それでは、僕はキッドを任せている医療室に向かいますので、これにて失礼しま――」
「彼なら私が診ておいた。見事な切り口であったおかげで、治療が非常に楽であったよ」
「……この短時間でですか?」
正しくは治癒結界を施してきただがな――っと口の端を軽く上げて答えた。
重要な神経や血管を避けてたとはいえ、かなりの深さまで切り裂いたので、治癒結界程の高等治癒魔術が必要であるのは確かだし、あれを行うにはそれなりの時間を要する筈なのに、僕がここで息を整えている間に施行するとは、流石といった所か……。
完全に励起させた状態の揚羽ですら治癒結界を数分で展開して安定化させるのは至難の業であるのに、それを当たり前のように行う相手の技量に改めて嘆息していると、アイゼンはわざとらしく軽く咳払いをした。
「私は医術の心得があるのだが……それ以前に【金氣のアイゼン】だ。金属が微量でも含まれるものならば、その全てを我が意の下に繰る事など、造作も無い」
「なるほど、人体に含まれる金属ですら、その範疇――っといった所ですか」
相克相生は魔術の初歩であるからな――顎鬚を撫でながら答えるアイゼン。
「ただ、幾ら治癒結界を施したといっても、あれだけの怪我だ。医務室に足を運んだ所で、未だ意識はないし、何よりも――」
この男にしては珍しく、歯切れが悪く云うべきかどうか眉根を寄せて若干悩む仕草をしたが、小さく頷くと続けた。
「彼の連れ合いが激昂していてね、治療班が近付けない程であったのだよ。少なくとも連れ合いを抑えられる彼が目を覚ますまでは、君は医務室に近寄らないのが懸命だ」
「成る程……未だ死にたくないので、その言葉には素直に従わせてもらいます」
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