雲一つ無い夜空に瞬く星々と違い、暖かさと幽玄さを併せ持つ満月を映す水面を前に、僕は1人の男と対峙していた。
見覚えのある僕と同じ烏の濡れ羽根色をした長髪を頭頂辺りで髷を結い、これまた見覚えのある僕と違い中性的な美しき顔立ちの男が女物の緋色の襦袢を肩から提げ、口に咥えているキセルを片手に持ち、紫煙を吹き出す。
この何処か愁いを帯びた気怠そうな態度と武士にあるまじき緩慢な動き。
見間違える筈がない。
今目の前にしている男は、僕の実兄――新城 宗像 高嶺(シンジョウ ムナカタ タカミネ)だ。
「兄上、何故父の意志をお継ぎにならないのだ?」
幾度となく投げ掛けた質問。
「一磨、それはもう何度も答えている。俺よりもオマエの方が相応しいからだ」
繰り返される答え。
「それは答えに成り得ません。悔しい事ではありますが、武術の腕、人々からの信頼、陰陽道の理、どれをとっても僕よりも兄上の方が優れています。僕は精々主と父上の酌量を頂き、近衛武士団に所属させていただいているだけです」
「充分じゃないか。近衛武士兵団は我等が主の最も御側に居られる場所だ。例え所属した場合、その姓を奪われ、主の力の象徴、一降りの刃となる事を強要されようとも、武士である身としては最上の名誉であり、喜びじゃないか」
「そ、それは……その通りですが……」
「それに比べたら、【家】なんぞ、何の価値もない」
「っ!! 兄上! 口に出して良い言葉とそうでない言葉はあります!!」
若干の嘲笑を込めて頬を歪ませる兄上。
「俺は只………………否、こんな事、オマエに云っても仕様も無いな……まっ、今オマエに伝える事があるとするなら、【もう直ぐこの国は大きな変革に直面する】、だけだ」
今度は自嘲気味に頬を歪ませると、踵を返してもう用はないと云わんばかりに歩みを進めた。
「ま、待って下さい、兄上! それは以前から聞いていますが、一体何の事を云っているのですか?! 兄上!!」
「――兄上っ!!!」
しかし、伸ばした手は虚空を掴み、反転する視界。
僕の目に飛び込んできたのは、白を基調とした飾り気のない壁と寝具、それと布団だ。
ゆっくりと首を動かして自分の置かれた状況を確認する。
「あっ、漸く目を覚ましましたか〜、良かったぁ」
独特の間延びした言葉がした方へ顔を向けた。
「はい、何とか……って、オグルさん、どうしたんですか、その傷は?!」
僕の視界に入ってきたオグルさんは、最初見た時と、その豊満な身体の居たる所に歴戦の古傷が幾つもあるのは変わっていなかったが、新たに多くの傷を負っており、包帯を幾重にも巻いている所があり、中にはその巻いた包帯に血が滲んでいる所がある程であった。
「あぁ〜、これ〜? あれだけキミに偉そうな事云ったのに、2回目に当たった相手に負けちゃったんだよぉ〜」
あははぁ〜、恥ずかしい〜――っと相変わらず緊張感の欠片も感じられない声音で呟き、鼻の頭を掻いた。
信じられない。
それが僕が初めに感じた素直な感想だ。
実際にオグルさんの戦いを見た事がないため、断言は出来ないが、開口一番僕の実力を見抜き、担いでいた獲物からして、少なくとも僕が所属していた近衛武士団でも副次官席はある筈だ。
しかも、あの照れ隠しをしている所からして、多分――
「痛み分け、ではありませんね……」
バレちゃったか――っと今度は頬を掻いた。
「もうね、一方的だったわよ〜。抵抗らしい抵抗も出来ないまま、負けちゃった〜」
「そう、ですか……」
僕はオグルさんと話しをするべく上半身を上げたが、どう言葉を返せば良いのか解らず、目を伏せてしまった。
只、何時迄もこうしていてはいられないし、何よりもオグルさんをここまで追い詰められる者となると、あの会場ではアイツ位しかいない筈なので、頭を振り、確認のために口を開いた。
「この時、どの様な言葉を掛ければ良いのか、未熟者である僕では想像できませんが、1つだけ確認を良いでしょうか?」
どうぞ〜――っとオグルさんは質問を促した。
「オグルさんをそこまで追い詰めた人間――もしかして、場違いなシルクハットを被り、黒い外套を纏っていませんでしたか?」
「あれ〜? カズマさん、気を失っていた筈なのに、見ていたんですか?? その通りですよ〜、黒のシルクハットに燕尾服、マントを羽織った紳士ですよ〜。【魔物】でも女性は女性らしく、何度もわたしに降参する様に促していたんですけど、わたしも意地がありますから〜――」
「そうなってしまった、っと」
はい〜――っとオグルさんは小首を傾げて答えた。
成る程、あの黒外套の男は己の欲を満たすためにオグルさんを痛めたのではなく、結果としてこの様な怪我をさせてしまった、っという事か。
でも、それだと、僕の
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