中編

 俺の悪友であるユーリーが営む、穏やかな時間が流れるBARのカウンターに腰掛け、グラスを傾けていると、両開きの扉を叩き壊さん勢いで長身で健康的な小麦色に肌が焼けている悪ガキが入店して来た。
「……ラルフ、いつも云っているが、店の扉は――」
「そ、それどころじゃねぇんだよ、ユーリーさん!」
 悪ガキは肩で息をしながら、カウンター向こうに居る最近は赤毛に白髪が混じってきているユーリーに駆け寄った。
 他の客が何事かと視線を向けるが、向けられている本人は全く気付いていないようで、出されたグラスの水を一気に飲み干すと、今度は深呼吸をするように促されたので、悪ガキはユーリーの指示に従って、ゆっくりと息を吸い、吐き出した。
「……どうだ? 少しは落ち着いたか?」
「あ、あぁ……すまねぇ、ユーリーさん……」
「もうそろそろ20になるっていうのに、オマエにはいつも迷惑を掛けられているからな。……んで、そんなに慌てて、何があったってんだ?」
「そ、そうなんだよ、ユーリーさん! 明日、村に《教団》の神父がやってくるみたいなんだよ!」
 《教団》の……――っとユーリーが小さく呟き、数十年共に生きてきた俺だからこそ解る位僅かな反応をするが、悪ガキには伝わっていないようで、言葉を続ける。
「村は親魔物派。唯一ある教会も、今じゃローパーやダークプリーストのシスターがいるんだぜ? こんな所に《教団》の神父なんかが来たら……」
「まぁ、面倒な事になるのは、想像に難くない。かと云って、村にいる独身の魔物娘の伴侶にして、連絡が途絶えたりした場合、本部の首都から使節団が来る可能性があるな」
「それは余り感心しねぇな。下手したら、《教団の神父を堕落させた罪》として、《掃除屋》がやってくる可能性もあるぜ」
「んだよジイさん……聞いていたんなら、何か案をくれよ。《元勇者》なんだろう? 《教団》に詳しいんだから、何かないんか?」
 ねぇよ――っと《教団》を知っているからこその短い言葉を俺は返す。
 マジ使えねぇな、ジイさん――っと嘆息して悪ガキが零した。
「クソッ……こういう時、ジェス兄ちゃんだったら、絶対にそんな事は云わねぇ……何で、アンタの様なジイさんが村に来たんだよ……」
 ラルフ……――っと止めようとしたユーリーを無視し、悪ガキは顔を上げると、俺を睨み付け、言葉を重ねて来た。
「ユーリーさんも、いつまでもこんなジイさんを甘やかす必要はないんだ! 昔世話になったからって云っていたけど、もう十分返した筈だ! 《元勇者》だか何だか知らねぇけど、今のアンタは村にとっても、ユーリーさんにとってもお荷物なんだよ!」
「……そうだな……今の俺は、お荷物だな……」
「お、おい、ジ――」
 俺は掌をユーリーに向け、名前を呼ぶのを制した。
 ユーリーが何度か口を開けようとするが、俺の目を見て諦めたのか、静かに俯き、口を閉じたのを確認して、俺はラルフを正面から見詰めた。
 全く……真っ直ぐで綺麗な目をしてやがるぜ……。
 自分の言葉に自信がなけりゃ絶対に出来ない目だ。
 BARの中を軽く見回すと、どうやらラルフと同じ意見であるのが多いらしく、養成所で受けていたのと同じ視線を向けられていた。
 ――要するに侮蔑の視線だ。
 もっともな感情だな。
 村に帰って来てからの16年以上、俺は一度も表立った動きをしていねぇから、何もしてねぇって思われても仕方のねぇこった。
 まっ、訊かれても答える気はねぇがな。
「な、なんだよ……何か云いたい事があるなら――」
「そうだな……オマエの云う通り、俺はこの村にも、ユーリーにもお荷物だ」
 俺は苦笑し、椅子からゆっくりと降りて立ち上がる。
 長い間着ていたから、色が褪せ、所々に穴も空いちまっているくすんだ灰色の外套の中に手を突っ込み、中から掌程の大きさのズタ袋を取り出して、カウンターの上に置いた。
「ユーリー、世話になったな。コレは今迄のツケだ。待ってくれていた分、色もつけてある」
 カウンターの上を滑らせ、ズタ袋を受け取ったユーリーは中を確認すると、目を見開き、首を横に振った。
「っ?! こ、こんなにもらえねぇよ、ジェイス爺さん! ってか、俺はこんなのが欲しくて、アンタにこの店の酒を呑ませていた訳じぇねぇ!」
「いいんだよ、ユーリー。ラルフの云っている事は間違っちゃいねぇし、この店に居る連中も皆同じ思いだ。だったら、タダでさえ村に面倒な事が起きそうな今、お荷物である俺が、出て行くのは、真っ当な考えってもんだ」
「そ、そんな……な、なぁ、ラルフ。ジェイス爺さんに云ったのは、勢い余っただけだよな? な?!」
 ユーリーが縋るようにラルフに言葉を掛けるが、悪ガキは顔を背け、小さく口を開いた。
「……俺は、何も間違った事を云っていない……それは、ジイさんだって
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