湖は、寝静まっていた。鈴虫の音と、月の明かりと、そよ風と水面のゆらめき。
澄んだ空気の中で、湖畔のマーメイドや行商のゴブリンに認められた彼は
普通なら魔物に「襲ってください」といわんばかりの土地で、しかし安らかに寝息を立てていた。
「…ご主人様」
彼の胸ポケットに収まっていた彼女、ウィンディーネの「アクアリウム」は、主人を想った。
生みの親と慕う彼が、魔物の情欲ほどに大きい。
これが生まれつき小さなピクシーならば何も思わないのだろうが、彼女は本来「人間大」なのだ。
魔力を注がれれば、彼女は大人になれるだろう。
しかし彼は、それを決して許さない。たとえ破門されても、「教会の子」なのだ。
そうだ、ならば、魔力を『借りよう』。
「んしょ、んしょっ」
寸の詰まった両手をモジモジさせて、広大な主人の体に立ちあがる。
「わわっ」
ほつれた毛糸に脚を絡まらせれば。
「ベシャァ」
…露となって大地に臥す。本当に粉々の水粒となってしまうが、刹那には元の形を取り戻す。
「…ふう、ウィンディーネじゃなかったら即死でした」
水面に身を沈め、湖に語りかける。
といっても穏やかな波打ち際で小石に腰をかけて脚を水に沈めるだけだが。
湖は、嘆いている。愛しい上流は、何故私を裏切るのか。
このような汚濁に塗れる、そんな私を、水源は嘲るに違いない。
そんな『思い』が彼女にのしかかり、彼女の心を病ませようとする。
普通のウィンディーネならば心が『折れ』、病的な結論に達するだろう。
しかしリウムは、違った。
その小さな体は、水の心よりも、ほとんど主の心でできていた。
あまり深く考えない主人の性格と、あまり考えることのできない小さな魔力の塊は。
「大丈夫、彼は悪くないよ。ご主人様が、綺麗にしてあげるから」
無邪気に語りかけた。
湖は、かつて小さな水たまりだったころの、細い川のことを思い出した。
―――そうだ、私も、あなたみたいに、澄んでいて、私を大事にしてくれた水源が、大好きだった―――
―――水源に会いたい。ほんの一滴、会って確かめてほしい―――
湖は、小さく水面を揺らすと、その中心で渦を作った。
それは次第に大きくなり、まるで栓の抜けた湯船のように、すべてがのみ込まれ水面が下がっていった。
魚の一匹も残さずすべてが『集まった』特異点に、まるでゼリーような、青く澄んでしかし酷く曲率が高くレンズのように背後を映す塊があった。
ゼリーの塊は小さく震えたかと思うと、爆ぜる様に『ポヨン』と宙に舞い。
小さなリウムの上に、しかし彼女から見れば天を覆うような塊が降り注いだ。
「うん、わかった。契約成立だね」
湖は、気が付けば干乾びていた。
塊は、繭だった。
表面が爆ぜると、透明な繭から、華奢な腕が、すらりと伸びた脚が、煌めく肌が、たわわに実った胸が、そして女神のような顔が生まれた。
月明かりの透き通る女性がいた。
彼女は水際だった、今は枯れた砂浜からスイと向き直り、そろりと、そろりと、主人に歩み添って。
「…えへっ。ご主人様、いただきます♪」
そうして、湖は、一晩だけ精霊になった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 睡眠中も戦場 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ご主人様はハゲればいいのです」
「さすがに朝から理不尽に罵倒されれば困らざるを得ない」
「寝込みを襲って股間のパンツを引きずり降ろしたら無意識に背負い投げられてみにゅダパァ」
「それは仕方ないね。さ、地面に吸収される前に肩に戻りなさい?そんな水しぶきしてないで」
リウムは記憶になかったが、その夜に『精』を蓄えた湖は、朝日に照らされ何時もより、微かに輝いていた。
(…妊娠するかと思った)
『湖』が意思を持ったとき『巻き込まれて湖の一部扱いされた』マーメイドは、ただ呆けていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 とりあえず水源に 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
頭頂の上で拗ねているリウムは頬を膨らまして脚をパタパタさせています。
「機嫌直してよ」
「ふんだ」
僕の頭をベッド代わりにゴロゴロして抗議してきます。どうしたものか。
そんなことを思っていると、背中につ用衝撃を感じて急に顔から地面に突っ込んでしまいました。
「ニンゲン、げっとだぜー!」
「ぜー!」
「うわっ」
「うにゃー!?」
背中からカギ爪状のもので押さえつけられているのを感じます。
「ぴぴぃ!ここで会ったが運の尽き、このハーピー姉妹がたべちゃうぞー!」
「ぞー!」
たぶん昨日あったよねこれ。
「なんというデジャブ」
ぴぃぴぃと高笑いする姉妹が、「きゅう」といって転げ落ちたリウムに気づきます。
「ねーちゃん、精霊が…」
「あれ…既婚者?」
はとリウムを見れば、機嫌が悪いのがさらに機嫌が悪く、もはや涙目にな
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