「ここは……一体…」
一人の女が懐中電灯の明かりだけを頼りに暗い廃病院の廊下を歩いている。長い廊下は先が見えず、真黒に塗りつぶされたような先の方はまるで別の異世界へと繋がっているかのようだ。
コツコツコツ。女の靴の音だけがじめじめした雰囲気を持つ一本道にこだまする。得体の知れない恐怖と不安感に手は知らずと汗ばみ、喉がカラカラになってくる。周りの部屋は当然明かりなんて付いていないが、今の女にはそこに誰かが居るような気がしてならなかった。
「…?」
そのまま恐々と廊下を進んでいると、右手にあったドアに急に物音がしたような気がした。こんな時間に誰かが居るなんて考えられない。きっと古い病院だから動物でも忍び込んだのだろうと言い聞かせつつ、女はそれでも耐えがたい好奇心に負けてそのドアのノブに手をかける。
ガチャリ…
「なんだ、何にもないじゃない。」
開いた先の部屋には、病室なのだろうか、病人用のベットが何床かとボロボロになったカーテンがかかっていた。人の姿はおろか、動物の気配すら感じない。あるのは雲を薄く被った月が正面の窓に見えるくらいだった。女はその部屋の月明かりに少し安堵したのか小さく「ふぅ…」とため息をつく。大丈夫、と気持ちを落ち着かせ、部屋から出ようと後ろを振り返ると、
「「きゃあああああああ!!」」
「…びっくりした?レン君っ。」
えへっと、笑いながらヒナが自室の隅の小さな棚の上にあるTVからうにょっと姿を現した。
「あ゛、ああ、ま、まったく、脅かすなよ。」
自分でもびっくりするほど女々しい悲鳴をあげた事にちょっと赤面しつつ、レンはヒロインが幽霊に襲われそうになっている深夜映画をそのままに注意した。情けない事に心臓はまだ先ほどの驚きが引かないのかバクバクと脈うっている。近所迷惑にはなってないだろうか、と見えもしないのに思わず部屋を見渡してしまう。
「ふふっ、レン君って意外と怖がり?」
と、寄ってきたヒナは弱点見つけたりっというかのような顔で嬉しそうにほくそ笑む。
「違うわいっ。今のはヒナが急に画面から出てきたからであって。普通に見てればこんなの全然大丈夫さっ。」
日頃からホラー映画をちょくちょく見ている自分としてはこのくらいのB級ホラーでビビる事はない。さっきのはヒナのせいだ、という事にしておく。うん。とりあえずタバコでも吸おう。
「ふーん。」
画面に映っている女と幽霊を交互にじ〜っと見ながら神妙な面持ちで彼女は言った。きっと自分と同じ(?)幽霊が出ているので何かをふと考えたのだろう。
「でも、昔も今もホラー映画は映像の技術以外あんまり変わんないんだね。」
「そりゃあ話を考えているのは結局人間だからね。題材になるものは進化しても根底にある恐怖ってのは皆同じってことじゃない?」
と、持ち前の持論をしたり顔で語ってみる。まぁもっとも幽霊に恐怖について語るというのもおかしい話だが。
「なんか専門家さんみたいっ。すごいなぁ!」
ヒナはくりくりとした目を輝かせてそう言う。大きくリアクションしたことでふわふわとした透き通った髪の毛が空中にふわりと浮かんだ。
「専門家は大げさだよ。でも結構前からホラーは良く見てるから詳しいっちゃ詳しいかな。」
ヒナに褒められ得意になったレンは、座っていた座椅子に寄りかかるとんん〜っと大きく伸びをした。
「そんな詳しいレン君に…今度映画に連れて行って欲しいなぁ。」
そう言って彼女はいつの間に持ってきたのか、新作の映画のチラシと割引券を目の前のちゃぶ台に乗せてきた。まるで子供が親におねだりをするかのように。
「んな、それが狙いだったのかっ。通りでいつもよりよく褒めるなと…。」
「えへへっ、バレちゃった?マスターが今度二人で行ってみたらって渡してくれたのっ。ほらっ、丁度ホラー映画だし、レン君も楽しめると思うんだけどなぁ。」
と、チラシのタイトルの所を指して必死に説得をする。空中からうつ伏せ状態で手を下に伸ばして説明する彼女の胸は、服の胸元が大きく開いているせいかもう少しで見え…そうだ…!!
「あ、ああ、そうだなぁ、考えても良いかもなぁ。」
映画がホラーだと言うのでちょっぴり内容が気になり、肯定の返事をする。ちなみに椅子からちょっとだけ背伸びなんかしたりはしていない。絶対にだ。
「じゃあ決まりっ!日付は二人ともバイトが休みの日が良いよね?」
「良いよ。じゃあ…明後日にしようかっ。」
「うんっ!」
嬉しそうにふわんふわんと飛びまわるヒナの後ろでは空しく先ほどの女と幽霊との追いかけっこが映されていたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「わぁ〜、すごい賑やかな所っ!いつもここはこんな感じなの?」
「まぁ駅前だからな。――っと
[3]
次へ
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録