「まったく突然なんなんだよ……」
まだまだ続きそうだったヒナの拘束を学校に下見に行くからと言って無理やり抜け出してきたレンは、まだ痛む腰を摩りながら午前中の内に食器や料理道具を買いに行くこ
とにした。実は童貞だったレンはあんな形で卒業したことになるわけだが、
「あの卒業の仕方はねぇよ……尾崎豊さんもびっくりだよ…」
そんな下らない文句をグダグダとこぼしつつ風が吹いてきたので上着の前を少し引っ張って百貨店へと足を運ぶ。百貨店へ入りエスカレーターを上ると、季節のせいか自分
と同じように新人さんが新品の買い出しに大勢来ているようだ。
「さーて!包丁やらまな板やら買わないとな。」
元々料理が大好きで実家でもよく夕飯を作っていたので道具選びにはちょっとうるさい。棚に並んだパッケージに入っている包丁を穴が開くまで見つめながらうんうん唸っ
ていると、ふと、となりでも唸っている人を見つけた。
「あっ、もしかして貴女は……」
「……?あぁ、お隣さんね。こんにちは。」
彼女は両手に包丁のパッケージを持ちながら顔だけをこちらに向けて素気なく言った。唐突に話しかけられたにも関わらず、落ち着いたよく通る綺麗な声が印象的だ。
「遅れましたが、藤堂蓮といいます。もしかして、あなたも悩まれてます?」
「あたしはヘリアンサスっていいます。まぁ長いからリアでいいわ。家にあるやつの刃がかけちゃってね。どっちがいいと思う?」
「そうですね、使い道にもよりますけど無難にこっちの万能包丁の方がいいと思いますよ。」
レンは彼女の右手にあるそこそこ有名なブランドの包丁を指して言う。使い勝手が良くて人気があるので丁度レンもそれにしようか迷っているところだった。
「そうなんだっ。助かったわ、ありがとう。こういうのよくわからなくて」
そう言って彼女はきれいにまとめたツインテールを揺らしてニッコリと微笑む。その笑顔は男子なら誰でも思わず見とれてしまうほど可愛らしく、しかしどこか艶やかだっ
た。
「いいえ、このくらい全然かまいませんよ。」
「ふふっ、優しいのね。…あっ、そう言えばあなたはこっちに何用できたの?奥さんの付き添い?」
「い、いいえ、違いますよっ。大学に通うために来ました。」
「へぇ、そうなの。人間じゃなくなったのにわざわざこっちの世界に戻って勉強しに来るなんて珍しいのね。」
「………?」
「だってあんたもインキュバスでしょっ?大概の人はこっちが煩わしくなって向こうに行くけれど。」
なんだか話がかみ合っていないようだ。それに人間じゃなくなったってのがどうも気になる。俺は人間をやめた覚えはないのだが。
「すみません、なんのことだかさっぱりなのですが…。」
「え?だって、あのアパートに来たんだし魔物じゃないの?………もしかして違う…?」
こちらの顔が違うと言っていたのか、全体的に少し緩めの服の裾を揺らして確認するように聞いてくる。
「えぇ、一応まだ人間なんですけど…。」
「そ、そうなんだっ。あちゃ〜、これは余計なことをしゃべっちゃったなぁ。―――とりあえず何も言わずに付いてきなさいっ!」
「え……ちょ、ちょっと引っ張らないでって、服伸びる!ていうかお会計っ!」
しまったなぁと苦笑したのも束の間にリアにものすごい勢いで引っ張られたレンは、結局何も買うこともできずにアパートまで引きずられて行ってしまった。
「―――まぁ、では不動産屋さんのミスかもしれませんねぇ。」
ここはアパートの105号室、大家さんの部屋だ。引っ越し初日に訪れたきりだったが、大家さんがとても美人なお姉さんだったことは覚えていた。しかしこの人も魔物だとい
う事にびっくりする。
「本来なら人間にはここは紹介されないはずなんですが…魔力をよみ違えたのかしら。」
大家さんは長くてさらっとした髪をはらいつつ顎に手をあてて考え込んでいる。
「これ知られちゃったってことはあたしどうなるの?もしかして…逮捕?」
「いいえ、この方の記憶をいじれば良いだけなので大丈夫だと思いますよ?」
リアのとても焦った態度とは裏腹に、大家さんは落ち着いた声で返した。…って、ん?
「ちょっと待って下さいよっ。記憶いじるって?」
「基本的に私達魔物はこの世界では隠れて生活しているんです。ばれてしまうと色々と厄介なもので…。ですので万が一存在が知られてしまった場合は記憶を一部消してしま
うのが手っ取り早いんですよ。」
と、笑顔で何やらとんでもないことを言っている。
「じゃあ僕の記憶も消されるんですか?」
「最初はそうしようかと思っていたんですけど…。あなたから弱いけれど魔力を感じるのよねぇ。もしかしてここ最近で誰か魔物さんと
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