「王子! ジグヴェルト王子はいずこに!?」
贅沢な赤い絨毯の敷かれた廊下を、一人の男が慌てた様子で走る。
順調に円形を描いていっている禿頭に、やや恰幅のいい初老の男。その表情は全体的に柔和で、好々爺と見ることも出来る人物だった。
「大臣。ワルト大臣!」
「おお、ガイルド殿。そちらの方に進展は?」
自分の名前を呼ぶ、儀礼用の鎧を身に纏った男の姿を確認し、ワルトが足を止める。
「そ、それが、申し上げにくいのですが………」
中年の騎士は、真剣な表情で、言い辛そうに唇を引き締める。
「どうやら女中の目撃証言によると、四階の広間の窓を割って脱走したと」
「よ、四階から!?」
「はっ、どうやら真下に池があることは計算済みのようでして、着水によって衝撃を殺し、そのまま逃亡した模様です」
「王子………」
ワルトが頭を抑え、二、三歩とふらつく。王子の奇行はいつものことだったが、とうとう四階からの脱走までしてのけるようになるとは、お目付け役でもある彼をもってしても、完全に予想外だった。
「……その後の行方は?」
「足跡を辿らせてみたのですが、途中で木々を飛び移って移動したようで、足跡が不自然に途切れていました。おそらくはすでに、城下に出ているものかと」
「今すぐ検問を設置してください。私は陛下にその事を」
「はっ、すでに東西の門に勤める衛兵達には、その旨を伝えてあります。後は下水や用水路といったルートですね」
「そちらは私が追って指示をします。あなた方は引き続き、捜索を行ってください」
「了解いたしました」
敬礼をすると、騎士は素早く踵を返す。残った大臣は、先ほどよりも二割増に疲弊した表情で、重い足を引き摺る様にして運ぶ。
向かった先は、国王が家臣達に指示を出す謁見の間。他と比べてやや大きい程度の木製の扉が、今のワルトには、さながら地獄の門のように見えた。
ノックをして扉を開くと、そこには二人の人物が互いに額を寄せ合って、何かを話し合っていた。
玉座と向かい合う形で立っているのは、レムヌ=エヴァンシュタイツァール。現国王の実の弟であり、その優秀な頭脳で兄を補佐する、切れ者の宰相でもあった。
そして玉座に座す、一見豪華でありながらも実用性が垣間見える黒い鎧を身に纏っている人物こそが、エヴァンシュタイツ王国の現国王、ヴェルト=エヴァンシュタイツァールY世である。
「ワルトか。何用だ?」
「はっ、その、ジグヴェルト王子の事で、ご報告が――――」
膝を突いて敬服の態度を取って口を開いたワルトの言葉を遮ったのは、他ならぬ国王だった。
「ああ、ジグのことならば、行方が分かった」
「そ、それは真でございますかっ!?」
一瞬国王の前であることを忘れ、ワルトは立ち上がって身を乗り出してしまう。ヴェルトは特に気にした風もなく、むしろ余裕の態度で深く腰掛けた。
「つい先ほど、石に括り付けられたそれが、ここに飛んできた」
ヴェルトが指差したのは、レムヌが右手に握った、皺だらけの紙切れだった。
よく見れば、周囲には光り輝く破片が無数に散乱していた。それが割れた窓ガラスの破片だと気付いたのは、右手側にある豪勢なガラスに穴が開いていたためだった。
(お、王子……! よりにもよって、陛下に当たったらいかがなさるつもりだったのですか!?)
キリキリと痛む胃を抑えながら、ワルトがレムヌの持った紙切れを覗き込む。
『旅に出ます。三日ぐらい経ってから探し始めてください。多分捕まりません。 ジグヴェルトより』
「あ、あのアホ王子………」
つい国王であり、そのアホ王子の父親の前であることを失念して、ワルトが歯軋りしながらそう漏らす。
「加えて―――」
それまで無言を貫いていたレムヌが、事務的口調で付け加える。
「先ほど入った報告によると、宝物庫が何者かに襲撃され、宝剣が消えていたそうです」
「…………………」
「因みに衛兵は全員昏倒していましたが、鍵は壊されていませんでした。つまり、宝物庫の鍵を所有しており、尚且つ十人の衛兵を応援を呼ばせる暇も与えずに倒せる者が犯人ということになります」
淡々と事実を連ねているその姿は、返って不気味なものがあった。
「さらに言えば、宝物庫の鍵を所有しているのは兄上のみ。スペアの鍵を所持しているのは、私とジグベルト坊ちゃまだけです」
「…………………」
聞いてもいない情報を聞かされ、ワルトの顔色は真っ赤を通り越し、形容しがたい色となっていた。ついでに胃痛のレベルも、当の昔にメーターを振り切っている。
「現在検問を設置していますが、効果は薄いでしょう。いかがしましょうか、兄上?」
「放っておけ」
ワルトにとって、ヴェルトの言葉は予想外に過ぎた。
「へ、陛下!?
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