少年は、とある森の入口に立っていた。
「ここ、だよね…」
ややためらいがちに辺りを見回し、少年は森の中に入っていった。
・
・
・
話は数日前に遡る。
ある親魔物領の町に住む少年は、親から頼まれたお使いの最中だった。
近道をしようと路地裏を進んでいると、路地裏の反対側から誰かが走ってきた。
「はぁ、はぁ…」
一見するとゴブリンに見える。
しかし、明らかに目を引く、その大きな胸。
少年が初めて見たそれは、希少種のホブゴブリンだった。
胸に目を奪われながらも、その慌てた様子に、少年は声をかけた。
「あ、あの…どうしたの?」
「え、えっと…お、お願い、かくまって!」
「え…?」
ホブゴブリンは慌てた様子で、近くにあった空の樽の中に隠れた。
少年が困惑していると、再び路地裏に誰かが入ってきた。
その姿には見覚えがある。
町の警備を担当しているリザードマンだ。
「あ、君!」
「は、はい!」
「ホブゴブリンを見なかったか?」
「え…」
「果物泥棒でね。町中を逃走しているんだ」
「は、はぁ…」
恐らくは、ホブゴブリンは彼女から逃げていたのだろう。
本来なら、果物泥棒を庇う筋合いはない。
しかし、あのホブゴブリンの必死な様子を思い出す。
ここでリザードマンの前に突き出すのはちょっと可哀想だ。
「え…えっと…見て、ないです」
「そうか。ありがとう、どこかで見つけたら教えてくれ」
「は、はい」
リザードマンは走り去っていった。
「…行ったよ」
「あ…ありがとう…」
ホブゴブリンは樽から出てきた。
改めて見てみると、風呂敷包みを背負っている。
「…………果物泥棒?」
「う…うん…つい…」
「や…やっぱり、それは、だめだと思う」
庇いはしたが。
泥棒をこのまま見逃すのも、宜しくないだろう。
「うぅ…」
「それ、返した方が良いと思うよ?」
「か、返しにいって、捕まったら、どうなるか…」
「う、うーん…」
結局捕まったのでは、さっき庇った意味もない。
しかし、このまま見逃すのも問題だろう。
「じゃあ…ボクが、返しに行こうか?」
「え…?」
「ここに置いて行ってくれたら、逃げられるようにできるし…」
盗品を返させた上で彼女を逃がせばいいのではないか。
そんな、少年なりの折衷案だった。
「わ、わかった…捕まるよりいいよね…」
「うん。じゃあボクが何とかするよ」
ホブゴブリンは渋々風呂敷包みを渡した。
「あの…あ、ありがとう。庇ってくれて」
「…っ」
ホブゴブリンに笑顔を向けられ、少年の胸が高鳴った。
もしかして、この感覚は…
「私、北の森のホブゴブリン。来てくれたら、お礼、したいな」
「あ、う、うん…」
少年は顔を赤らめながら頷いた。
「どこだ、出てこい!」
路地の向こうから、リザードマンの声がする。
「あ、あわわ、逃げなきゃ…!」
「あ…あっちに行けば大丈夫だと思う」
「う、うん。ありがとう、またね!」
ホブゴブリンは、走り辛そうな体型ながら慌てて逃げていった。
見届けると、少年は風呂敷包みを持って、声のした方に向かう。
「あ、リザードマンさん!」
「君! 見つかったのか?」
「い、いえ…でも、これ、もしかして…」
「それは…風呂敷? あ、盗まれた果物じゃないか!」
「そこに置いてあったんです。置いていったのかも」
「なるほど、そうか…うん、ありがとう」
リザードマンを引き付け、ホブゴブリンが逃げる隙を与えることができた。
その日はそのままお使いを済ませ、家に帰った。
(北の森、か…)
ホブゴブリンの言葉を思い出し、いつかは向かおうと思いながら。
翌朝、あのリザードマンに再び出会った。
「あの…」
「ああ、君は昨日の。どうした?」
「昨日の果物泥棒って、どうなりました?」
「ああ…見つけられなくてね、多分町の外に逃げたんだろう」
「そうですか…」
「果物屋の店主は品物が戻ってきたからもういいって言ってたけど。不覚だ…」
彼女は無事に逃げおおせたようだ。
少年は胸をなでおろした。
そして、その日の午後。
少年は北の森に向かったのだった。
・
・
・
少年が森の中を進んでいくと、開けたところに木製の家が見えた。
恐らく、あそこがホブゴブリンの…
「誰?」
突然の声に、少年は慌てて声の方に顔を向けた。
二人のゴブリン。
恐らくはホブゴブリンと同じ群れ、この家に住んでいるのだろう。
「あ、あの、ボク、ホブゴブリンさんに…」
「ボスに逢いたい?」
「あ、はい、多分そうです、それで…」
どうやら彼女がこの群れのボスらしい。
そうは見えなかったが。
すると少年は、ゴブリンたちの目に熱がこもっているのを感じ取った。
「ボスに逢いた
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5 6]
[7]
TOP[0]
投票 [*]
感想