少年が目を覚ますと、見覚えのない天井が視界に飛び込んできた。
(…あれ…?)
状況が呑み込めずにいると、寝ている頭上から声がした。
「あっ、気が付かれましたか?」
声の主の方を見るより早く、頭上から女性の顔が覗き込んできた。
(え…?)
「ぐったりしていたので、心配しましたよ」
少年は起き上がり、その姿を見た。
淡黄色の着物を着た、長い金髪の綺麗な女性が座っていた。
ただし、その頭には狐の耳が、その背には四本の尾が見える。
存在は知っていたが、少年が稲荷を見るのはこれが初めてだった。
(どうして…?)
見回すと、少年は和室の中央に敷かれた布団の上で寝ていたようだ。
状況が呑み込めず、少年は記憶を辿り始めた。
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・
・
両親が旅行に出かけた、夏休みのある日。
意を決して、自転車で遠くまで旅をしてみようと思い立った。
遠くまで行ったところ、木々の生い茂った山に辿りついた。
いっそ登ってみようと、重いペダルを漕いで行った。
その途中で、暑さのせいか急に視界がふらついた。
これはいけないと、何とか自転車を降りて木陰に入った。
そのまま、眠ったのか、意識を失ったのか…
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・
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(この人が…助けてくれたんだ)
この稲荷が、暑さでダウンした自分をここに連れてきたのだろう。
合点がいった少年は、稲荷に頭を下げた。
「あ…ありがとうございます。危ないところでした」
「いえいえ、お気になさらず。狭い家ですが、少し休んでいって下さいね」
「は…はい」
どうやらここは、この稲荷の家であるらしい。
「お気分はいかがですか?」
「え? あ…もう、大丈夫です」
「それはそれは、安心しました」
冷房は見当たらないようだが、この部屋は良い具合に涼しい。
先程の眩暈はもう治っていた。
部屋を見回していると、稲荷が声をかけてきた。
「えっと、あなたはどちらから?」
「あ…三つ隣の…○○町からきました」
「まあ、随分遠いところからいらしたんですね。大変だったでしょう」
「い、いえ…自分で思いつきで出かけただけで…」
すると稲荷は、縁側に出られるのであろう障子に目をやった。
オレンジ色の光が、斜めに差し込んでいる。
「しかし困りましたね…そこまで遠いと、もう夕方ですから…帰るのは大変ですよ」
「あっ…」
長く寝ていたとはいえ、帰りのことを失念していた少年は戸惑う。
両親はしばらく帰ってこないため、迎えにきてもらうのも非現実的だ。
おまけにこの辺りには電車もなく、少年の所持金は乏しい。
「どう、しよう…」
「よろしければ、今晩はこちらに泊まっていきませんか?」
「え…いいん、ですか?」
「ええ。一人暮らしですし、気兼ねはいりませんよ?」
この状況では、その申し出がとてもありがたい。
しかし出会ったばかりの女性の家に泊まるのは、年頃の少年にとって勇気がいる。
「あ、あの…えっと…」
「お嫌ですか?」
「い、いやじゃ…ないです、けど…」
それでも、他にいい選択肢はない。
向こうから提案してくれているのだから、拒む必要もなさそうだ。
「お…お願いします」
「ええ。ゆっくりしていって下さいませ♪」
顔を赤らめながらの少年の返答を、稲荷はニコリと笑って受け入れる。
「それではお夕飯の支度をしますので、しばらくお待ちくださいね」
「は、はい」
「あ、お電話はそちらにございますので、親御さんへの連絡は…」
「あ…ありがとうございます」
稲荷は障子とは逆側のふすまから、廊下へと出ていった。
残された少年は、連絡を済ませると、改めて部屋を見渡した。
少年が女性の家に入るのは初めてのことである。
探してみたが、やはり冷房はない。
和室はふすまや障子を開けて涼をとるものだが、閉まっているのでそれでもない。
なのに、心地よい涼しさが保たれていた。
外の景色が気になった少年は、障子を開けてみた。
そこに広がっているのは、奥行き5mほどの日本庭園と、その先の塀。
稲荷は狭い家と称していたが、このような庭を見るに、立派な家だと推察される。
そして少年は、障子を開けているにも関わらず、涼しいままであることに気付いた。
外気に触れ、夕日が差し込んでいるはずなのに、妙に涼しい。
まるでこの家の敷地全体が、暑さから隔離されているかのようだ。
不思議に思っていると、廊下側のふすまの向こうから声がした。
「お夕飯の支度ができました」
「あ、はい」
障子を閉めた少年は部屋を出て、稲荷についていった。
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台所や廊下は現代的な洋式で、どうやらあの一室のみが和風になっているらしい。
夕飯は油揚げがやたらと多いものの、文句のない内容である。
「そういえば、どうしてここ
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