森の中を、一人の少年が駆けていた。
まだあどけない、かわいらしい顔立ちだが、健康的に日焼けした肌から活発さが伺える。
町外れの森の中に入ってはいけない。
少年は幼い頃からそう聞かされてきた。
入ったものはことごとく行方知らずになる魔性の森であると。
幼い頃の少年は、それを信じ、頑なに近寄ろうとしなかった。
しかし思春期を迎えた少年は、次第に恐怖より好奇心が勝るようになっていた。
行くなと言われれば、行きたくなる。
そこで少年は、天気に恵まれたこの日、周囲に内緒で森に入っていったのだった。
(…なーんだ、入ってみても大丈夫じゃん)
特に迷いやすいわけでもない。
試しに一旦引き返してみたが、ちゃんと入口まで戻ることが出来た。
もう一回入ってみても、景色は同じままだ。
見たところ、凶暴な野生動物がいるような痕跡もない。
拍子抜けしながらも安心―否、油断しきった少年は、更に森の奥へと進んでいった。
・
・
・
木々の間を抜けてみると、急に開けたところに出た。
だがそれよりも少年の目を引いたのは…
「…家? こんなところに?」
少年の視界の先に突然、家屋が現れた。
あばら家、といった雰囲気ではない。簡素ながら立派な家だ。
特に恐ろしい外観もしておらず、ファンタジーなお菓子の家でもない。
(…まさか、この家のせい? そんなことないよね?)
少年は一瞬警戒したが、ここは森の奥に入ったとはいえ入口から1km前後である。
ここが原因だと知られているぐらいなら、とっくに潰されているだろう。
警戒し、少し怯えながらも、それを上回る好奇心により、少年は家に近付いて行った。
すると、その家の扉が急に音を立てて開いた。
「!」
少年は逃げるよりもその場に固まって、中から出てくるものを見ようとした。
もちろん、恐ろしい怪物だったりすれば逃げるつもりだった。
「…あら? どうしたの、ボク?」
「え…」
しかし中から出てきたのは、綺麗な女性だった。
見たところ、普通の人間。恐ろしいどころか、美しく魅力的に映る。
「あ、あの…」
「ここに来るってことは、もしかしてこの森を探検しにきたの?」
「あっ、そうです、ちょっと入ってみて…」
「そう。こんなところまでよく来たわね」
ちゃんと会話も通じる。
少年は警戒を解いた。
「よかったら、入る? 暑いから、飲み物でも出してあげるわ」
「え、いいんですか?」
「いいのいいの。さ、おいで」
女性の笑みに絆された少年は、その家に入っていった。
少年は気付かなかった。
入った途端、家も、その周囲も、森の風景に擬態して溶け込んでいったことを。
「さ、どうぞ」
「い…いただきます」
客間に案内された少年は、女性の出した紅茶を味わった。
内観も特におかしなところはなく、普通の家である。
紅茶も変な味がするわけではない。
「みんなは怖がるけど、森に入ってみても大丈夫ですよね」
「でもここより奥は、色んな動物が多くてちょっと危ないわ」
「あ、そうなんですか。そういえばお姉さんは、どうしてここに?」
「人がここより先に行かないように、ここで見張ってるのよ」
合点がいった少年は、紅茶を飲み干す。
これ以上行くと危ないなら、今から引き返そうか。
そう思った矢先、突然の睡魔が少年を襲った。
(…あ…れ…? なんだか…眠く…)
「ふふ…♪」
薄れゆく意識の中で、少年のおぼろげな視界に映ったもの。
それは、女性の姿が徐々に、蜘蛛のように変化していく姿だった。
・
・
・
少年が目を覚ますと、そこは薄暗い、何もない部屋だった。
先ほどの部屋とは明らかに違い、少年はその部屋の隅に寝転がっていた。
(一体…どうなって…?)
状況が理解できず、少年は記憶を振り絞った。
さっきまで、綺麗な女性に紅茶をご馳走になっていたはず。
帰ろうと思うと、突然眠くなってきた。
そして、眠る直前に見たのは…
「…ッ!」
少年は勢いよく起き上がると、部屋の出口に向かって駆けだした。
あの姿。
間違いない、あれが話に聞いたことのある「魔物」なのだろう。
そうなれば、この森が恐れられていたのも、あの魔物のせいだろう。
―町外れの森の中に入ってはいけない。
―入ったものはことごとく行方知れずに…
(…逃げなきゃ…!)
魔物に捕まったのだと確信した少年は、扉を勢いよく開けた。
「あら♪」
「…あ…っ」
扉を開けたすぐ前に立っていたのは、先程の女性…否、魔物。
上半身こそ、額に何やら赤い眼のようなものが六つついている以外、ほぼ元の姿。
しかしその下半身は、紛れもなく異形。
巨大な蜘蛛の下半身がそのままくっついたような、八本脚の姿だった。
「…っひ
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