親魔物領に入って間もない辺境の地。
左右を10mほどの断崖に囲まれた谷。
薄暗い空の下、一本道となっている谷間を進む一つの人影があった。
小柄な体型で、腰元まである、透き通った色の金髪が目を引く。
色白な肌で、服装は白いワンピースと、風が吹くと覗くスパッツのみ。
そして容姿は、無垢かつ可憐という言葉がよく似合うあどけなさ。
そんな子供が、何故たった一人で薄暗い谷を進んでいるのだろうか。
その手には、一枚の紙が握られていた。地図と、何かの文章。
暫く進み、潮風が感じられるようになると、目的地が見えてきた。
シンプルな装飾で堅牢さを示すかのごとき、真っ黒な城。
海を背にして建っており、見えるはずの大海原を塞いでいる。
無垢で気弱そうなその子供が入るにしては、あまりにも似つかわしくない。
怪物か何かの生贄にでも差し出されたとしか思えないミスマッチぶりである。
門の前に立つと、身長の数倍はあろうかという高さの門扉が独りでに開く。
不安そうな表情を浮かべながら、その子供は城の中に入っていった。
迷いながらも、地図に目をやり、玄関の両脇にある階段の内、右の階段を目指した。
階段はそれほど急ではないが長く、一階一階の天井も高いので、目指す最上階…四階への道のりは遠い。
最上階に着く頃には、長く歩いてきた影響もあってか息を切らしていた。
そして廊下を渡り、正面にある鉄の扉の前に立つ。
「入りなさい」
男性とも女性ともつかない落ち着いた声が響くと、先ほどと同様、扉は独りでに開いた。
「おやおや、可愛らしい。…ようこそ、アルカ計画の本拠地へ」
声のした方を見ると、玉座らしき椅子に座る人影があった。
その姿を見た途端、思わず息を呑む。
一瞬、アラバスターと黒曜石の彫像、のように思えた。
しかし、口が、瞳が動いている。生命体なのだ、目の前のそれは。
今まで日の光を浴びたことがなさそうな、真っ白で滑らかな肌。
引き込まれそうなほど黒い瞳に、薄紅色の唇。
童顔に近いその容貌は、注意深く見ても男性か女性か判然とせず、むしろそれに性別の概念が存在するかどうかさえ疑問視させる、芸術作品と見紛うほど美しいもの。
夜の闇を纏ったかのような、縫い目の見当たらない黒い外套に身を包み、セミロングの黒髪と併せて白い肌がより強調されている。
外套の隙間から伸びる腕もまた顔のそれと同じく真っ白で滑らかな肌であり、華奢でありながら骨ばっていない絶妙さ。
そのように、一見して神聖さすら感じる造形でありながら、その瞳や表情、仕草などからは蠱惑的な雰囲気が隠されておらず、それ故にむしろ冒涜的ですらある。
人間離れした、という表現があまりに的確な、妖しさを醸し出す人影であった。
その雰囲気に圧倒されながらも、その子供はお辞儀をする。
「よ…よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
その人物は玉座から立ち上がる。
身長はその子供より数十cmは高く、まさに痩身長躯といった具合だ。
「しかし、やはり信じがたいものだ。君みたいなのが、少女でなく少年だというのは」
そう。
無垢さと可憐さを備えた、先ほどまで少女にしか思えなかったその子供は、美少女にも見間違う程の美少年だったのである。
その性別不詳ぶりは、少年の目の前にいる人物とも良い勝負であろう。
「さて、名前は?」
「クレイ…クレイ・ルメリアです」
「私の名はフェイラン。改めてよろしく、クレイ」
そう言うとフェイランはクレイに歩み寄って右手を差し出す。
細くしなやかな指もまた、フェイランの性別を曖昧にさせる。
「は…はい…よろしくお願いします、フェイランさん」
その右手に自信の右手を重ねると、シルクのような感触だった。
友好の握手とはいえ、フェイランのその黒ずくめの体躯を目の前にして、クレイはすっかり萎縮してしまっていた。
怪物の生け贄という表現は、あながち的外れでもなさそうに見える。
フェイランは再び玉座に座り、クレイはその正面に用意されていた椅子に座った。
「あ、あの…僕は何をするんですか?」
「私からの返送は…持ってくれているようだね」
クレイは頷くと、今まで持っていた紙を広げる。
そこには地図と共に、このような文章もしたためられていた。
〜〜〜
クレイ・ルメリア殿
今回の応募、誠に感謝する。
審査の結果、貴殿の招待を決定した。
○月×日に、次に指定する場所へと来て欲しい。
貴殿の活躍を期待する。
〜〜〜
遡ること一週間前。
クレイの住んでいる孤児院に、一枚のチラシが貼ってあった。
『美少年募集。高給のお仕事。応募方法は下記へと写真と自己紹介書の郵送を…』
孤児院でも美少年というのが共通認識だったクレイは、他の子供たちに推薦され
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