そこは、地下室というにはあまりに粗雑に造られた部屋だった。
部屋の中から床に穴を空けてそのまま堀って作ったような、むしろほら穴と呼ぶ方が相応しいような空間だ。
家具はぶ厚い本の並ぶ本棚と長テーブルが部屋の隅に縮こまるように置かれているのみ。テーブルにはいくつかの容器が置かれているものの、家具ともども埃を被っており長らく使われていないことが分かった。
まるで、誰かが隠れ潜んで研究するために作った秘密の研究室といった。
僕はその中心に座り込み、古びた革装丁の分厚い本を慎重に確認しながら、小道具に手を伸ばして作業を進める。
その間、脳裏に浮かぶのは学園での厭な思い出の数々――
僕の住む町はそれなりの主神教国家で、魔物に対抗するための学園があった。
生徒たちは一人前の騎士や魔法使い、ひいては勇者となり国を守るため、あらゆる分野の学問や戦闘技術を学ぶ。
だが、誰もが積んだ鍛錬の相応の技術が身に付けられるかというとそうでもない。
世の中には生まれ持っての才能といったものが有って、ある地点までは努力を積めば何とかなっても、ある日ぶち当たる壁のようなものを越えようとするとそれが必要不可欠になる……ということを僕は身をもって理解していた。
僕は他の誰よりもその壁に当たるのが早くて、つまるところ同年代たちと比べても目に見えて素養がなかったのだ。
座学は多少できても、運動神経及び魔法系統の才能というのが致命的にない。
さらに小柄な体格に童顔ということも重なって散々馬鹿にされた。
15年の人生すべてがそんな記憶で埋まっている訳ではないけれど、学園に入ってからはずっと屈辱を味わって生きてきた気がする。
もうたくさんだ。
これ以上、僕の必死な努力の結果も生まれ持っての身体も馬鹿にされてたまるものか。あいつらを……否。
この世の誰をも見返すために僕は――精霊を召喚するのだ。
精霊とは自然の元素の塊であり、象徴ともいえる偉大な存在だ。
清廉な水辺には精霊ウンディーネが、心地いい風の吹く地には精霊シルフが……といった具合に、豊かな自然には精霊が宿る。
さらにその精霊が自然を保つことで、この美しい世界は保たれる。
精霊無くして美しい自然はあり得ないのだ。
しかし、僕にとって重要なのはここからだ。
精霊は人間と契約することで、その力を人間に貸し与えることができる。
水の精霊なら水の魔法、炎の精霊なら炎の魔法。
契約できさえすれば、強力な魔法を思うがままに行使できるのだ。
そうして契約したものは『精霊使い』と呼ばれ、地域によっては信仰の対象として扱われることもあると聞いた。
町はずれにポツンと建つ廃屋とその地下室を見つけ、精霊の召喚方法とやらが記された魔導書を手にしたのはきっと一生の幸運だっただろう。
もともと精霊の知識があった僕はすぐにこの計画を思いついた。
精霊と契約できさえすれば、誰にも見下されない力を手に入れることができる。
そう信じて、今日この時、僕は計画を実行に移していたのだった。
剥き出しの地面の上に描かれているのは土で描かれた魔法陣だ。
土の上に土で陣を描いて本当に意味が有るのかとも考えたが、これから召喚する精霊の属性を考えれば妥当なんだろう。
これから、この魔法陣を使って土の精霊『ノーム』を召喚し契約を結ぶ。
四種類の精霊の中からノームを選んだのはこの地下室に最も適していると思ったからだ。
一面が土に囲まれたこの空間はきっと丁度良いだろう。
「よし」
全ての準備が整ったところで、小さく声を出し気合を入れる。
魔法陣に向き合い小さく深呼吸。
呼吸の音がやけに大きく聞こえた気がした。
気にしないようにしていたが、自分でも思ったより緊張しているらしい。
「落ち着いて、やるぞ……」
意を決して手を翳し、召喚に必要な詠唱を唱え始める。
まもなく全身から魂の抜けるような感覚――魔力が陣へと流れ込んでいく。
僕は魔法を扱う力は皆無に等しくとも魔力量は人並みだから、召喚に問題は無いはずだ。
それでもやはり失敗した時のことを考えると恐ろしい。
元々偶然見つけた非公式な術式、一節でも間違えたら何が起こるか分からない。
ほどなくして不安を拭うように、魔法陣は微かだが深緑色の光を放ち始めた。
良い方向に向かっている兆しに浮足立つ心を必死に抑えながら、詠唱を続ける。
もう既にこの時、僕の胸には確かな成功の確信が生まれつつあった。
光はどんどん強くなっていき、魔力の奔流が風と共に肌を撫でる。
そして、成功を強く確信しながら最後の一節を唱えた時、光は視界を覆い尽くすほどに広がり――
「……消えた?」
何事も無く。
見れば魔法陣は吹き飛んで跡形も無
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