「はあ……、今日はずいぶんと遅くなったな……」
午前0時を過ぎた深夜、人通りの少ない路地を歩いていた。
俺は世間の言うところのサラリーマンというやつである。
これまで無難に学校生活をこなし、大学へ進学して人並み程度の勉強をして、待遇の良さそうな会社を選び得た立場だ。実際に会社への不満は少ない。因みに今こうして帰りが遅くなっているのも、たまたま会社が忙しい時期というだけ。
もとより人より少しばかり賢かったおかげか全ては順調で、特別なトラブルが起こるようなこともなかった。
何も不満は無いが、それゆえに何かがもの足りない人生。
仕事を始めた頃、「その内結婚して幸せな生活を送るのだろうなワハハ」などと考えていた愚か者の俺はいつの間にか恋人ひとり見つからないまま三十路間近の年齢を迎えていた。このまま仕事ばかりの人生を過ごすのだと思うと、少しばかりモヤモヤした気持ちになる。
付け加えると、俺にこれといった趣味はない。
けして作ることをを忌避しているのではなく、これまで生きてきて単純に自分の好きなものを見つけられなかっただけだ。だから純粋に自分の好きなものについて語っている人を見ると、少しだけ羨ましくも思えた。
「どいつもこいつも結婚かあ…」
ふと考えていたことが口から漏れた。
友人のあいつも、昔好きだったあの娘も、皆生涯の伴侶を見つけたらしい。 ならば自分はどうかと振り返ってみるが、ここ最近の俺の人生に、色恋などというワードはスッポリ抜け落ちてしまったようだった。いや、恋人がいたことも無いのだから前からか。当然ながら性交の経験もない。
人を愛するとはどういうことなのだろう。
子供心に人を好きになったことはあるが、生涯愛せる人など見つけようがなかった。
自分の帰った先に誰かが待っている、という想像をしてみるがどうもしっくりこない。なんだか不自然すぎて笑えて来るほどだ。今のままではきっと結婚など夢のまた夢だろう。
……ふと自宅へ向かう足が速くなる。別に、誰も待ってはいないのに。
俺はマンションの一室に一人暮らしをしている。
狭くはないが、多少の安さを求めてしまったせいか駅から数分歩かなければいけない位置にあるのが玉に瑕だ。
寂れた公園のある角が目印で、曲がればすぐマンションが見えてくる。その角を曲がろうとして一瞬公園に目を向けた時―――。
「ん?」
切れかけの外灯に照らされて、何か妙なものが見えたがした。
もう一度公園に目を向けてみると、なにやら藪近くに肌色をした何かが転がっている。
植木の茂みに隠れて全体像は見えないが、それは棒状で2本並んでおり、先端は自分もよく見るような形をしていた。反対の先は茂みに隠れているが、どうなっているかは想像に難くない。
即ちそれは、人間の脚のように見えた。
「ッ……!」
人が倒れている。間違いない。
こんな時はどうすればいいのだろうか。
警察か、救急車か、とにかく動悸が止まらない。苦しい。
これまで順調に人生を歩んできた弊害か、想定外のトラブルには弱かった。
どうしても悪い想像をしてしまう。確かめてはいないが、目の前のそれはもう……。
「そうだ…確かめるんだ」
気力を振り絞るように口にする。
焦って早とちりをしていた。まだ、■んでいるだと決まったわけじゃない。
大体脚しか見えていないのだからマネキンかもしれないじゃないか。
震える脚で倒れている「それ」の全体が見える位置に移動する。
しかして「それ」は俺の期待をあっさりと裏切った。
「……なん……で」
それはこの現状への恐れと、微かの驚きを宿していた。
それもそのはずだ。
倒れていたのは、まだ年端もいかないような少女だった。
だが、驚いた原因はそれだけではない。
その少女はあまりにも美しかった。
顔立ちだけではない。黒と紫を基調にしたゴシック調の西洋ドレス、水銀をそのまま糸状にしたかのようにきらめく銀髪、足の先から指の先の造形まで、何もかもが美しかった。「まるで人形のようだ」という形容がピッタリと当てはまる。そして何よりも透き通ったアイスブルーの瞳が見開かれていて、静かに虚空を見つめている。
そんなものが、日本の、しかもこんな廃公園に倒れている。
それはあまりにも、非現実的な光景。
いつの間にか、その少女の顔に手を添えていた。
「…あっ、うわっ!」
すぐに我に返り、手を引っ込める。
冷たい。その上硬い。死後硬直という言葉が脳裏に浮かんだ。この少女がどういう状態にあったかを思い出す。
一瞬冷静になっていた頭が再び熱を持ち、動悸が激しくなってきた。
この場合なら警察に電話しないと……番号はいくつだっけ……。
「あれ…?」
携帯を取り出そうとしたとき俺は再び
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