さあさあと吹く風が、木の葉を揺らす音が聞こえるほど、静かで穏やかな森。
草の根を分け、大地を踏み締め。私は一人、森の中を突き進んでいた。
肩には棒を担ぎ、その先端には風呂敷に包まれた荷物が括りつけられている。
しばらく歩いていると、如何にも腰掛けられそうな切り株を見つけた。
「今日はここいらで昼食とするか」
私はそう呟いた後、肩にかけた棒をおろして風呂敷の中身を開ける。
風呂敷の中身は旅の荷物。主に食料が入っている。
先日近くの街で手に入れたものである。
取り出した食料は干し肉と水。簡素な食事であるが、私にはこれで十分だ。
干し肉を一つ手に取りつつ、私は今までに歩いてきた道を振り返っていた。
私は旅をする一人の魔物。
種族は人虎。目的は武者修行。
ある時から両親のもとを離れて、山で己を鍛え暮らしていた。
獣を相手に戦い、時には滝に打たれ、己の技を磨く。
そんな生活を送っていた。
だがそれだけでは強くなれないと。
私の自慢であるあの母のようにはなれないと思った私は、いつしか山を飛び出して旅をするようになった。
私の母は強かった。同時に私の誇りでもあり、憧れでもあった。
どんな相手にも強く、そして美しく戦う母の背中を見て育った私は、当然の如く母のようになりたいと思うようになった。
そんな私を母は応援してくれていたし、心配性な父も私の独り立ちを認めてくれた。
父は人間だが、母と並ぶほどの実力者。だがまだまだ母には敵わないようである。
少しでも早く、あの母の姿に近づきたい。
その思いこそが私を突き動かす原動力であり、この旅へと誘うきっかけとなったのだ。
「話によると、もう少しのはずなのだが」
思い出したように干し肉を噛みちぎり、水を飲む。
たったそれだけの食事を手早く済ませ、荷物を担ぎなおし、私は再び歩を進め始めた。
街で話に聞いた、ある場所を目指して。
そして、その場所にいるであろう、強者を求めて。
一心に歩いていた。
・・・・・
「おおっ、これほどとは・・・」
しばらく歩くと、私は森を抜けてあるものと対峙していた。
眼に映るは、巨大な壁。心の壁、とかではなく物理の壁。
ただひたすらに大きく、果てしなく広がっている壁面を前にして、私は圧倒されていた。
今まで生きてきた中でこんな巨大な壁は見たことがない。
「・・・これが、親魔物国と反魔物国を隔てる『国境』とやらか」
話に聞いたところ、この巨大な壁は反魔物領と親魔物領を分ける国境になっているという。
その規模は、陸続きである両国の国境を、半分遮るほどであるそうだ。
誰がいつ、どうやって、何のために建てたのか。それすらも未だ分かっていない。
人が集まり、領として発展する際に、自然とこの壁が国境となっていたのだとか。
歴史の遺産というやつか。
「・・・登るのは・・・難しそうだな」
修行の一環のために登っても良いのだが、天辺ははるか高く、目視するのも一苦労だ。
何の引っ掛かりもない壁を登ることも、できなくはない。決してできなくはないのだが。
担いでいる荷物のこともある。落としたら干し肉が勿体無い。今は止めておこう。
・・・いつか挑戦してみるのもいいかもしれない。
私が踏むこの地は、親魔物領。
そしてこの壁の先は、反魔物領。
私がまだ見ぬ強者や、人間の住むところである。
私はその人たちと会い、拳を交えたい。
私の知らない強さを教えてもらいたいのだ。
勿論、危険だということも分かっている。
だが危険だと言われれば言われるほど燃え上がるというもの。
それに、この国境には既に、ある強者がいると聞いた。
『銀夜叉』と呼ばれる、恐ろしい武人がいるそうだ。
それを聞かされては確かめに行かざるを得ないだろう?
「ではまず、その武人とやらを探すとするか!」
・・・・・
壁伝いに歩いて、どれくらいの時間が経っただろうか。
壁の様子が変わってきた。細かい傷や穴が見られるようになったのだ。
それは自然にできたものではなく、鋭い刃物で切りつけられたり刺さったりしたような傷跡。
誰かの手によってつけられたものだった。
「ふむ、武人は近いか?」
胸が高鳴る。
一体どんな奴か、想像するだけでもわくわくする。
この跡はおそらくその武人とやらがつけたものなのだろうと、私は勝手にそう決め付けていた。
実際そうに違いないだろうという自信があった。根拠はない。
そんなことを考えていると、遠くの壁に何やら門のようなものが見えた。
壁と同じくらい、とても大きい。
きっとあそこで両国の出入ができるのだろう。
気がつくと私は、門に向かって走り出していた。
「おおー・・・近くで見ても大きいなぁ」
この巨大な壁を通るための門であるが、当然のように
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4]
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録