あの『竜殺しの凶騎士』の正体が。
人間ではなく、ドラゴンだなんて。
一体、誰が信じただろうか。
自分だって、目の前の光景が信じられない。頭が混乱し、パニック寸前であった。
一体自分はどうすればいい?何をすることが最善なんだ?
その二つの言葉がずっと頭の中で反芻している。
「ぅ・・・ぐぁ・・・あ・・・」
苦しそうな声が聞こえた。
そうだ、目の前にいる凶騎士は、怪我をしているんだ。それも瀕死の怪我を。
そんな重大なことも頭から消え去るくらいに、自分にとって衝撃的なことだったのだ。
今は、彼女の怪我を何とかしなくちゃ。
人間とか、魔物とか、ドラゴンとか、そんなことはどうでもいい。
今自分の目の前にいる彼女は、苦しんでいるんだ。
何とかしなくちゃ。自分が何とかしなくちゃいけないんだ。
彼女は今までこの店に来てくれた客じゃないか。何度も何度も、この店に来てくれた客だ。
そんな常連さんを見捨てるわけにはいかない。この店に関わった客である以上、放っておくわけにはいかない。
だから、助けなきゃ。
そう考えてからの行動は早かった。
大量のお湯と家にあるありったけの薬を用意。清潔そうな布や包帯もかき集めた。
彼女が着ている傷だらけの服を、ハサミで切り開き外していく。
とてつもなく大きく豊満な胸が視界に入るが、そんなことを意識している場合じゃない。
あちこちに細かい出血が見られるが、どうやら一番ひどいのは腹部の傷のようだ。
まるで、巨大な刃物で切り裂かれたような傷跡。見るだけで痛々しかった。
しかし、怖気付いている暇なんてない。
お湯で濡らした布でべっとりと付着する血を拭き取り、薬を片っ端から塗っていく。
終わった部位には包帯を巻きつけて縛る。自分にはただそれだけのことしかできなかった。
すぐさま医者を呼びたかったが、そうはいかなかった。
この反魔物領の都市で反魔物領にいる医者なんて呼んだら、治療なんてしてもらえない。
それどころかたちまち自分も捕まってしまうだろう。それだけは避けたかった。
彼女が気絶する前の「医者は呼ぶな」という言葉の意味が、今はよく分かる。
だが、自分が持っている薬は非常に効果的のようだった。
以前に旅の薬剤師がこの店を訪れ、修理を依頼されたことがあった。
この塗り薬はその代金として大量に貰ったものだったのだが、ここまでの効果があるとは思わなかった。
傷を癒し、止血剤としての役割も備わっているらしい。
塗っていく際、彼女は苦悶の表情を浮かべていたが、ある程度時が経つと落ち着いたようだった。
即効性もあるようだ。
今まで軽い傷にしか使ってこなかったけど、随分とすごい薬だったんだな。
もし今度会えたら、その薬剤師にお礼を言っておかないとね・・・
拭いては塗って包帯を巻く、拭いては塗って包帯を巻く。
そんな作業を繰り返して、やっと一息つけたのは、朝日が窓から差し込んできた時だった。
全身包帯だらけだが、安定した呼吸をする彼女の姿に安心し、自分は倒れるように椅子に腰掛けて眠りにつくのだった。
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しばらく経って自分が目覚めたのは、太陽が昇りきった昼頃だった。
彼女はまだ、眠りについたままだ。
自分の出来ることは全部やった。後は、目を覚ますのを願うだけだ。
(いや、まだやることがあったな)
凶騎士から受け取った品を見る。
そう、今まで直してきたあの懐中時計だ。
・・・今は、見る影もないくらい壊れきってしまっているが。
文字盤は潰れ、外形は砕け、内部もいくつか部品が粉々だ。
はっきり言って、直すくらいなら新しいのを買った方がいいと、普通なら思うくらい。
(でも、そんなことは絶対にないだろうなぁ)
あの凶騎士は、自分の身よりもこの懐中時計を案じてここへ来たのだ。
つまり、彼女にとってそれだけの価値があるという物。
文字通り自分の身よりも大事にしたい物であるという、何よりの証拠だった。
(直せませんでしたなんて、許されないよな)
3ヶ月にも渡り、構造は熟知している。
最早修理というより新しく時計を作るのと同意義ではあったが、すでに自分の手は動いていた。
内部の部品はほぼ総取替え。文字盤のデザインも自力で何とかするしかない。
次に外形。これは自分の力だけでは少し難しい。知り合いの鍛冶屋に依頼しておくか。
幸い、お金はたんまりあるんだ。労力さえ惜しまなければ、何とかなるだろう。
あとはあまり手を加えすぎないように気を付けること。
全てを新しくしてしまっては、それはもうただの新品である。
できる限り、同じ部品、材質から。使っていたパーツから、形を整え直すべきだ。
この
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