─── カラカラ、カチャ ───
「窓の鍵閉めはよし、と」
下校時刻は既に過ぎ去っていて、夜の闇が廊下を支配している。
普段は賑やかな教室も、この時間は静寂を響かせるばかりだ。
金曜日の戸締まり担当は中々に損だと思いながら、チェックを続けていった。
…
「もう少しかかりそうで?」
「エエ、すみマセン。待たせてしマッテ」
「いえ。…終わったら声をかけてください」
「了解しマシタ」
職員室に一人残っていた英語担当の同僚に状況を聞く。
もう一人の英語担当者が緊急入院したとかで、随分と忙しいようだ。
さすがに専門的なことには手助け出来ないので、自分の仕事に戻る。
そこそこの進学校とも言えるこの高校。だが特殊なカリキュラムがある訳でもなく、
するべき仕事は粗方終えて、どうしようかと考える。
自分の担当は数学兼情報だが、昨今のIT化を受けてほとんど情報専任になっていた。
来年度からは内容も複雑になって、担当時間が増えると聞き。
少しは楽になるように出来るだけの準備はするか、と独り呟きモニターに向かった。
…
………
作業を切りのいいところで終えてモニターの端を見ると、20時を過ぎていた。
後2時間程で、大抵の飲み屋はラストオーダーに入るだろう。
間に合わないようならコンビニに行くが、何処で飲もうか考えるのもいいかと思い、
椅子にもたれかかって背伸びする。
「何処で飲もうかねぇ…」
「飲みに行くんデスカ?」
「うひゃぁっ?!」
まさか反応が、よりによって耳許から来るとは思わず、驚いてしまい。
振り向くとすぐ近くに同僚がいて、その美しい顔に内心どぎまぎしつつ、返答した。
「ええまあ…終わったので?」
「ハイ、お待たせしマシタ。片付けもしておきましタノデ、あとは戸締まりだけデス」
「分かりました。残りを済ませておきますので、先に帰っても大丈夫ですよ」
「それなのデスガ、校門前で待っていますノデ、来てもらえマスカ?」
「?まあいいですけど…」
「よろしくお願いシマス」
…
何かあるのかね、と思いながらブレーカーを落とし、警備システムを設定していった。
彼女 ── キャサリン ベッカー ── とは同僚であるというぐらいで、特に接点は無い。
考えたところで仕方がないと思い、リュックを持って校門を目指す。
…
シニヨンにされている金髪が輝き、どこか男を煽るような挑発的な美顔がこちらを向いた。
文字通りのダイナマイトボディがスーツにぴったりと線を作る様は、
もしかしたら裸よりも色気があるのではなかろうか。
服装や髪型はお堅いと言えるものなのに、規格外の中身に対してはむしろ逆効果で、
これでもかと胸部や臀部といった性的な部分を強調していて。
着任の挨拶時では男子生徒が歓声をあげるほどの美貌でありながら、
ちょっかいを出した方が前屈みになるほどあしらいがうまいとも聞く。
生徒達の雑談で話題になっている所を耳にしたのは数えきれない。
「お待たせしました」
「イエ。…飲みに行かれるのでしタラ、ご一緒してよろしいでショウカ?」
「いいですけど…最寄り駅はどこでしょうか?
家近くの商店街で飲む予定でしたが、一緒にとなると…」
「同じ駅だったと思いマス。◯◯駅なのデスガ」
前に見たことがある、教師間の連絡網にあった彼女の住所は ── 確か家のすぐ近く。
一度も通勤時に鉢合わせしたことが無いので、忘れていた。
別路線ならどこかの乗り継ぎ駅の繁華街にしようと思ったが、無理そうだな。
「ああ、そうでした。こんな時間ですし、早めに行きましょう」
「ハイ」
…
………
─── カタン…カタン … ───
「…」
「…」
「そういえば…」
「?」
「同じ通勤路なのに、会ったことがありませんね」
「そうデスネ。時間か車両が違うのでショウカ」
「かもしれません」
「…」
「…」
沈黙が重い。
自分からのお喋りは基本しない性質だが、それ以上の問題がある。
目立つ。ただひたすらに目立つ。
規格外の美女は、集める視線の数も規格外だった。
金曜日の夜の路線ともなれば、そこそこに混んでいる。
そんな状態で、車両にいる誰かしらがチラリ、チラリと絶えず視線をこちらに向けるのは、
注目されることに慣れている教師の自分でも落ち着かない。
おまけに彼女は知ってか知らずか、あるいはわざとなのか、
親密な関係に見取れる距離にまで近づいていた。
密着一歩手前の、赤の他人ではないと示すような絶妙な距離に。
かといって、近いです、などと言える度胸もなく。
≪次は ──── です。次は ──── ≫
「降りましょうか」
「ハイ」
アナウン
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