アラクネさんと冬を

「もう十二月か。あっという間だったわね」

 車通りすらほとんどなく、静かな住宅街の歩道を通る途中、僕の隣で歩く彼女がぽつりと呟いた。
 彼女の名前はフィラメント、通称フィラだ。
 ”アラクネ”という魔物である彼女は、上半身こそ人間らしいものの、下半身は蜘蛛のようになっていて、八本の脚が生えている。そんな彼女の外見はもちろん、その特徴的な足音だけでも普通の人間にとっては異質だ。
 しかし、そんな彼女のことを気にする者はもうこの町ではほとんどいないだろう。
 数年前から魔物たちは大々的に声明を発表し、僕たちと共存を図ってきたのだから。

「今年は、どうかなあ」
「何が?」
「まだ僕はこの町に住んで数年だから、この町で見たことないんだけど……一緒に見たいものがあってね。
 でも、この辺りは冬でも寒すぎたりはしない地域らしいね」

 ちら、とフィラの姿を見る。
 初めて出会ってその日にあげた、僕のお古の黒っぽいコートに、綺麗な白髪のポニーテールと、鋭い赤色の瞳。全体的に紫色な蜘蛛足と、体毛のようなもの。
 フィラを見てすぐは僕も怖がってしまったが、彼女はそんな僕にも優しく話しかけてくれて、気性が荒いと聞く”アラクネ”のイメージとは大分違っていた。

「そうね。私たちは凍えると動けなくなるから、それは有難いわ。
 裕太は、冬は好き?」
「……冬は、冬そのものは……苦手かな」
「私と出会う前から?」
「うん、元々。僕も寒いのは苦手なほうだから」

 僕がフィラの方を見て返事すると、なぜか彼女は僕を見た後、くすっと笑った。
 顔か服に何か付いているのだろうか、と思っていろいろ確かめてみても理由はよく分からない。
 何か知らないうちにイタズラされているのかな。そういうのが結構好きらしくて、よくからかわれたのを思い出す。

「……フィラ、どうかした?」
「えっ」
「いや、なんだか楽しそうに笑ってたから」
「あら、そうだった?まあそうかも」
「……うーん」

 どうも自分からはその理由を言ってくれないらしい。
 ということは、やっぱり彼女に何かされているのか。

「降参。教えてよ」
「んー、何のこと?」
「とか言って、また笑ってるじゃないか。今回は何?
 顔に落書きでもしてる?」
「あーらやだ、そんなコドモっぽいことする子がいるの?こわいこわい」
「つい三日前の君だけどね」

 そろそろ僕たちの住む家に着く。
 だからもうイタズラの件はいいか、と思って僕が前を向き直すと、フィラが小さな声で言ったのを、僕は聞き逃さなかった。

「家に着いたら、教えてあげる」





 買い物の荷物を片付けて、リビングのソファに座る僕。
 その頭の上に、柔らかい何かがぽふんと乗った。

「今年から、きっと冬が好きになるわ」

 僕のすぐ後ろからフィラの声。
 何のことだろうと思いながら、頭に乗ったそれを手に取る。
 もこもこと柔らかく厚みのあるそれは、白い手編みのセーターのような服だった。

「これ……もしかして?」
「最初に貰ったコートのお返しよ。
 驚かせたくて、バレないように作るの大変だったんだから」

 くすり。
 振り返ると、フィラのいつもの鋭い目つきが、子供っぽく柔らかになっていた。

「”アラクネ”の糸……こんな服まで作れるんだね」
「もちろんよ。お料理はちょっと苦手だけど、裁縫には自信があるの。
 この前の貴方のボタン付けだって、細くした私の糸を使ってたんだから」
「そうだったの?随分綺麗な白い糸だとは思ってたけど……」
「ふふっ。でもね、ちゃんと言っておかないといけないことがあるわ」

 フィラはソファに座る僕の前に来て、僕と目線の高さを合わせる。
 
「私たち”アラクネ”が男性に服を贈るということは、とても特別な行為よ。
 軽い気持ちでそれを贈る子は絶対にいないの……わかってくれる?」
「それって……」
「ん……そ、そう」
 
 僕が何か言う前に、フィラは珍しく口籠って、頬を染めたのが分かった。

「ホントは……こんなことを事前に言う子、そんなにいないわ。
 だって、贈るのは仲がいい相手だけなんだもの。
 喜んで受け取ってくれるヒトだと思ってるからこそ、作って、何も言わずに渡して、反応を見るの。
 でも、私達……一緒に寝るぐらいにはなったけど、まだ……だもの」

 言葉を紡ぐたびに照れが強くなるように見えるフィラ。
 その意味は鈍い僕にでも分かった。

「みんなはね、『すぐにでも襲っちゃえばいい』とか『無理やりだって気持ちいいなら怒らない』なんて言うのよ。
 けど、なんでかしらね。私はそう思ったことはゼンゼンないの。
 ”ジョロウグモ”のお姉さんが一番の親友だったからかな」

 それは何度か話に聞いたことがある。”ジョロウグモ”はとても温厚で
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