人と魔物の違いとは何なんだろう。
そんな解りきった一つの題に対して、僕たちはずっと話し合っていた。
僕は人間で、彼女は魔物。
出会いは、恥ずかしながらも海で溺れた僕が、彼女に助けてもらったのが始まりだった。まぁ、出会いと言っても、そこから先ほどの題に対して話しただけで、その後彼女とは会っていないんだけど。
そんな、大衆が期待していそうなロマンチックな話でもない。ただ僕は彼女に助けられて、その見返りとして、彼女の話し相手をしていたという、どうしようもなくしょうもない話。
それでもそれは、僕にとって限りなく特別な出来事であり、一生忘れることが出来ないであろう体験だった。
今でも、この耳が、彼女の発した言葉を。この口が、僕が彼女に言った言葉を。この目が、彼女の一挙一動を。しっかりと覚えている。
自分でも、流石に気持ち悪いとは思っているけど、僕はそれほどまでに僕を助けてくれた彼女に惚れて、その美貌に目が離せなくなり、話をする彼女に恋をし、愛してしまったのだろう。
だから、彼女を想えば想うほど、僕は後悔しているのだった。
どうしてあの時、日が暮れて、お互いに帰らなければならなくなった時、どうして僕は彼女の手を離してしまったんだろう。
沢山のことをはなしたけども、彼女の手だけは、はなさなくて良かったのに。
彼女──海のお姉さん。
シー・ビショップ。
海の聖職者とされる彼女は、僕をどう思っていたのだろうか。
今はもう、忘れられても仕方がない。というか彼女は僕を覚えてはいないだろう。だけど、あの時のあの場所で──水平線の彼方が見えたあの岩場の上で、僕と彼女しか居なかったあの空間で、彼女の僕に対する意識を知りたかった。
それを知ったところで、どうしようもないことは解っている。ただの自己満足にも、なりはしない。せいぜい自己欺瞞がいいところだ。
でも、欺瞞の何がいけないのだろう。
この世界なんて、自分達を欺いて、騙して、そうして均衡を保っているのがやっとだというのに。
今更自分だけを騙したところで、誰も文句を言いはしない。
だから僕はこうやって、手記を綴る。
彼女の記憶を、確立させようとする。
これは、魔物にたった一度の邂逅で恋をした、馬鹿な人間の日記である。
僕と彼女が話した内容を、ただの雑談にしか聞こえないであろう会話を、書き記していこう。
他の誰でもない、僕の為に。
―――――――
「キミは、魔物と人間に本質的な違いがあると思いますか?」
日が傾いて、空が青と橙色の美しいコントラストを描きはじめた時間帯、ふと彼女は、その美しい翡翠色の髪を指で巻き取る仕草をして、そんなことを言った。
「本質的って……」
「あら、難しかったですか? まぁ簡単に言えば、何かを感じる心ですかね」彼女はふふ、と少し笑ってから「ちょっと抽象的過ぎたかな?」
その言葉は、自分に言い聞かせているような口振りだった。
彼女──海のお姉さんは人間ではない、魔物である。
それの一番解りやすい特徴としては、腰から上が人間なのに、腰から下は足が無く、代わりに青色の鱗が映える魚の尻尾が伸びている。
岩場に腰掛けている彼女は、魚の尻尾の先端にある尾ひれを海面にぴちゃぴちゃとあてていた。
「いや、何となくだけど、解る気がするよ」
彼女に合わせたわけではなく、本心だったし、海のお姉さんが言いたいことも、何となく解った。
ただそれを言葉にするのはどうも難しかった。だから、何となくなのだ。
それを聞いた海のお姉さんは、ふむふむと頷いてから。
「何となく……ですか。いやぁ、私の言葉が抽象的だったのは認めますけど、キミのはもっと抽象的ですね。何となくなんて言葉、抽象的の最上級じゃないですか?」
「……抽象的に最上級も最下級も無いでしょ」
どちらかというと、曖昧と言った方が的を得ている。
海のお姉さんはまたふふ、と笑って「確かにそうですね」と同意してから、話を戻した。
「で、キミはどうです? 魔物と人間で、何かを感じる心に違いはあると思いますか?」
「そりゃあ、個人の感情でなら、いくらでも違いはあると思うけど……」
彼女が言いたいのは、そういうことでもないのだろう。
「それは許容の範囲内ですよ。んー、つまりですね、人間には喜んだり、怒ったり、愛したり、楽しんだりする喜怒愛楽って感情がありますけど、それは魔物側にしたって、全く同じなんです。それなら人間と魔物の、そういう本質的──といいますか、中身みたいなものに、あまり大きな差は無いと私は思うわけです」
「あー……うん、確かにそう言われれば、そう聞こえるね。だからこそこうして僕達は、普通に話し
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