5月中旬。
南から徐々に梅雨入りがニュースで発表されている。
俺は梅雨入りする前にと、休みを利用して山登りへやってきた。
梅雨入りしてしまうとしばらくは山へは登れない。
雨具を着てまで、ずぶ濡れになりながら登るほどの勇気もない。
俺は山登りが大好きだ。
頂上へ辿り着いたときの達成感は言うまでもないが、
登山道を歩いているときの何気ない雰囲気も好きでやめられない。
友人達から、なぜ山へ登るんだ?と聞かれても、
ちゃんとした答えは出せない。
『そこに山があるから。』という名言はとても素晴らしいと思う。
山登りと言っても、あまり高い山へは行かない。
近場で行ける低めの山へ行っている。
近場と行っても、交通機関を使って町からは離れた場所にはなるのだが。
「頂上に着いたら、コーヒーを飲もう。これが堪らないんだ」
いつも山登りのときは、必ずコーヒーを入れるための道具達を一式持っていく。
荷物は重くはなるが、頂上で挽き立てのコーヒーを山の湧水などで入れれば、綺麗な景色、澄んだ空気も相まって格別だ。
ただ、登るだけでは味気がない。
時には足下に咲く花や、木漏れ日などを手持ちのデジカメにおさめ腰のポーチにしまう。
そんなことをしながら1人山道を頂上を目指して歩いていると、開けた場所に出てきた。
「あれ?こんなところ、地図にあったかな。道から外れたか?」
と、不安にはなったが、そこは木々がなく、
陽の光が差し込む何とも幻想的な場所だった。
そして、その開けた場所の真ん中に彼女はいた。
「ん?」
開けた場所の真ん中にある切り株に腰を下ろしている彼女。
マウンテンパーカーに身を包み、まるで山ガールのような服装。
頭には花で作られた輪っかを付け、
手や足にも同じようなものが付いている。
服装以外はメルヘンチックだ。
差し込む光に顔を向け、日向ぼっこをしているようだ。
「・・・トロール?」
一見、服装からメルヘンが好きな山ガールとも思ったが、少し離れたこの距離からでもわかった。
彼女が腰を下ろしている切り株と比べても、
また、この距離感で見える彼女は、非常に大きい体躯だった。
何より、腰からは尻尾も生えている。
「昼の彼女達は、その身に宿した植物の影響で危険だって聞いたことがあるなぁ。」
君子危うきに近寄らず。
触らぬ神に祟りなし。
触らぬトロールに祟りなし。
ここは速やかに引き返そうと後ずさったとき。
バキッ
まるで、漫画、アニメ、映画、ゲームの世界のように、
木の枝を踏んでしまい、これがまた静寂な森の中に響き渡った。
その瞬間、彼女と目が合った。
真ん丸大きなくりくりの目にじっと見つめられ、
なぜか体は動かない。
そして、彼女は立ち上がり、お尻をポンポンとはたきつつ、こちらへと歩いてきた。
ッ・・・ズンッ・・・ズゥン・・・
逃げることもできず、あっという間に目の前にやってきた彼女。
近くで見るとその大きさを改めて実感する。
俺の身長はお世辞にも高いと言えたわけではないが、
俺の頭がちょうど彼女のお腹ぐらいの位置にあった。
彼女の作り出す影に辺りを覆われ、俺はただ、彼女を見上げることしかできなかった。
すると、彼女はその場にしゃがみ込んだ。
やっと、目線が俺と同じくらいになる。
最初に口を開いたのは彼女だった。
「・・・あなた、人間?」
「あ、あぁそうだ。」
「・・・なぜここに?迷子?」
「いや、俺は山登りでここに来ただけだ。」
「そう。それだと登山道からは外れている。ここへは普通は人間来ない。」
「そ、そうなのか。それは悪かった。なら引き返すよ」
と、ザックを背負い直し、彼女に別れを告げ、背を向ける。
一刻も早くここから離れないと何をされるかわからない。
まだ今のところは噂に聞いていたような危険な感じはないが、時間の問題だろう。
それに、彼女から香る匂いは、危ない。
「待って。」
「な、何か?」
彼女に呼び止められ、振り返る。
すると、彼女は頭に生えている花の中から1つの花を渡してきた。
その花は赤紫色で、4枚の花弁が距を突出し錨のような特異な形をしていた。
「イカリソウ?」
それがこの花の名前だった。
なぜ、この花を俺に?と思った瞬間、
ハッと気づき、彼女に目を向けると、
彼女の大きな手が今にも俺を捕らえようと迫ってきていた。
「うわぁ!」
慌てて彼女の手をかわそうとその場にしゃがみ込む。
そのせいで彼女の手は俺の体を捕らえることはできなかったが、背中のザックを鷲掴みし、ゆっくりそのまま立ち上がる。
ザックに引かれ、宙に浮く体。
俺はザックを体から離し、地面に着地。
慌ててその場から逃げ出した
彼女はしばらく、逃げる彼を見つめ、
少し遅れて、ザックをその場に置くと、
逃げた彼を追い
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