ずっと起きて待っていたのか、三人が無事に帰ると、宿の主人は時間も考えずに大喜びした。いつ帰って来てもいいように風呂を沸かして待っていたというので、順番に汗を流す。酒も食事も、などと主人は続けたが、眠らせてほしいと三人が言うと、流石に大人しくなった。

 そして翌日。
 主人の独断で休業日になってしまった宿の一階では、簡単な宴が開かれていた。テーブルの上には料理が溢れ、主人の秘蔵の葡萄酒とやらが店の奥から樽ごと運ばれて来た。
 たまたま宿に泊まっていただけの無関係の人間も、何が何だか解らないまま巻きこまれ、店内は収拾のつかない状態になりつつある。
「ずっと待たされたストレスの反動で、とにかく馬鹿騒ぎをしたくなってるだけだと思うのは俺だけか?」
「いや。私も、そう思う」
 主賓の筈なのに壁際の席に避難し、グラスを傾ける青年と料理をパクつくシファが、よく似た表情で溜息をついた。
 自棄っぱち気味に盛り上がる店内では、椅子の上に立ったリリエが歌を歌い、大喝采を浴びている。透き通った綺麗な声だった。
「意外な才能だな」
「というか多才だな、あの子は」
 シファが食べている料理も、実は主人に教わりながらリリエが作った物なのだ。
 結局その後、報告に来た兵士二人まで巻きこまれ、宴は日が暮れるまで続いた。不幸な被害者二人は、後日、始末書の山という魔王以上の強敵に挑む事となったらしいが、それは余談である。

 そして、更に翌日。
 青年は軍の詰め所で正式な報告と、報酬を受け取る手続きを行っていた。
 青年が初めに要求した報酬の額は相場よりも安く、応対した兵を戸惑わせた。
「よろしいのですか? 王都からは、上限こそ定められてはいますが、その中でなら言い値で報酬を支払って構わないと言われておりますが……」
「必要な時に必要な額があればいい、が……」
 そこで青年は、何かを思いついたように言葉を止める。
「念のため聞いておこう。上限額は幾らだ」
 兵士が告げた額に、ふむ、と考えこみ、
「気が変わった。上限額まで、目いっぱい貰うとしよう」
「は?」
 とつぜん掌を返した青年に、兵士の目が点になった。

 二日後。
 この日、ついに青年が町を出る事になった。
 混乱を避けるために、出発は朝の早い時間にした。町の外には青年とシファ。リリエと宿の主人、アルバスは見送りだった。他にも数人、ノスリアの悪事に鉄槌を下した二人組を見ようと、町の人間が出て来ている。
「この度は、ご苦労様でした。道中、お気をつけて」
 ふだんは穏やかな喋り方をするらしいアルバスに、青年は頷きを返した。
「旦那。簡単なモンだが弁当を作ったから、持ってってくれや。嬢ちゃんも」
「ありがとう。助かる」
 礼を言って、シファは差し出された包みを受け取る。
「お姉ちゃん……」
 何処か他人行儀な雰囲気を滲ませた声が聞こえて来た。
「リリエ……すまない。私は、こんな中途半端な……」
 言葉が見つからないシファに、リリエは穏やかに頭を振る。
「いいんだよ、お姉ちゃん。あたしも、あたしのせいでお姉ちゃんが酷い目に遭うのとか、嫌だから」
 本人は必至で自然に笑っているつもりなのだろう。しかし、その瞳は潤み、声は震えていた。
「だ、大丈夫だよ。きっと、また会えるから。ね? お兄さん!」
「そこで俺に振るか」
 空気を読まず、青年は煩わしそうな表情を隠さない。
「あのね。あたし、大きくなったら剣士になる! お兄さんみたいに、困ってる人の力になるの」
「結構な事だが、俺みたいになるのはお勧めしない」
 何か思うところがあるのか、含みを持たせた青年の言葉に、リリエは訝しそうに眉根を寄せる。だが、訊いていい事ではないと察し、話を戻した。
「じゃあ、お姉ちゃんみたいになる!」
「それは別の理由で、もっとお勧めしない!」
「どういう意味だ、貴様!!」
 それまで微笑ましげに青年と少女の遣り取りを眺めていたシファが、ぐりん、と首を振り向かせた。
「はっはっは! それじゃあ、嬢ちゃん。剣士の修業を始めるまでは、おっちゃんの店で手伝いをしねえか?」
 それまで黙って聞いていた宿の主人が、ポン、とリリエの頭に手を乗せる。
「前に手伝ってもらった時、ずいぶん助かったからなぁ。それに、剣士になってあちこち旅すんなら、ちっとくらい商人の勉強もしといた方が役に立つだろ」
 急な申し出に思考が止まってしまったらしい少女は、助けを求めるように青年の方を窺った。
「知っておいて損はないだろう」
 彼女の人生に口出しするおこがましさを感じながらも、最低限のアドバイスとして青年は言う。リリエは主人へ向き直ると、深々と頭を下げた。
「よろしくお願いします、先生!」
「ははは……先生は違う気がするが、悪い気はしねえなぁ」
 頬を掻きながら主人は
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