「遅かったじゃないか」
 その呟きが聞こえたのは、青年の傍にいた二人だけだった。男達はノスリアも含め、剣や鎧の鳴る音のせいで聞き逃していたのだ。
 青年の呟きも、自分達とは別の鎧の鳴る音も。
「そこまでだ!!」
 低く落ち着いた声が夜闇に響く。
「全員武器を捨てて、地面に俯せになれ! こちらは駐留軍指令、アルバス=オローデである」
 アルバスと名乗った壮年の騎士が腕を振ると、正規兵の鎧に身を包んだ集団が敷地内に雪崩こんで来た。
「抵抗すれば容赦なく斬り捨てる。神妙に縛につけぃ!」
 駐留軍の登場に、ノスリア家の私兵達は戸惑ったような顔を見せる。剣を下ろそうとする彼らの様子に、ノスリアが慌てて叫んだ。
「何をしている、貴様ら! 奴らを殺せ!!」
 錯乱気味に唾を飛ばしつつ、アルバスを振り返る。
「駐留軍ごときが我が屋敷に何用か!?」
 それに応えて壮年の騎士は口を開いた。
「ノスリア卿。卿を誘拐、および監禁の容疑で拘束させていただきます」
「拘束だと? たかが田舎町の駐留軍指令が、何の権限があって私を拘束すると言うのか!」
 完全に相手を見下した態度の彼に、アルバスは一枚の書状を取り出して見せた。薄暗いせいで文面までは確認できないが、その書状に描かれた紋章は――
「国王陛下よりノスリア卿の拘束命令、および、その私兵全員に関する生殺与奪の権限を与えられております」
「な……何だと!?」
 想像もしていなかった答えに、ノスリアは絶句する。背後から、幾つか呻き声が聞こえて来た。
「お前は、やり過ぎたのさ」
 思いのほか近いところから、青年の声。慌てて振り返れば、いつの間にか彼と二人の少女が近づいて来ていた。
「お前が反魔物側と通じている事に気づかない程、この国や町の連中も馬鹿じゃない。とはいえ大っぴらに動けば、反魔物側へ逃亡される恐れもあった」
 この街は、かろうじて親魔物側にあるが、勢力図で考えれば殆ど両者の境界線上なのだ。そして、戦略的に重要な場所という訳でもない。
 反魔物側から逃げて来るには格好の立地なのだ。
「お前は、そんな連中を捕まえて反魔物側に送り返す事で報酬を得ていた。しかも、それだけでは飽き足らず、孤児を攫って奴隷として売り払っていた」
「何故……それを」
 自分と反魔物側の人間を除けば、私兵達すら知らない筈の事実を暴露され、ノスリアは狼狽える。逆に私兵達は戸惑うように、青年と自らの主へ交互に視線を向けていた。
「ま、待て、サンドリヨン! じゃあ、お前は初めから、王都の騎士団から受けた依頼に基づいて動いていたのか!?」
「ああ」
 この国の貴族が反魔物側に加担していた事実が露見すれば、同じ親魔物国家である周辺国との関係にも問題が生じてしまう。だから極秘に問題を処理すべく、王都の人員ではなくフリーの傭兵である青年に書状を持たせ、駐留軍と共同でノスリア卿の捕縛を依頼したのだ。余談ではあるが、最悪の場合は殺害も辞さない、とも書かれている。
「多少、予定は変わったけどな」
 多少、という部分から妙な迫力を感じ取り、シファは気まずげに視線を逸らした。その言葉にだけは反論できない。
「しっかし、まあ……俺は挟撃のつもりだったのに、完全包囲とは恐れ入った」
「いやいや、お主が粘ってくれたおかげだ」
 裏口を破ったらしく、屋敷の裏手からも現れる正規兵達に視線を遣り、青年がアルバスに笑って見せると、アルバスの方も不敵な笑みを返して来た。
「しかし、お主は一匹狼だと聞いていたが、いつの間に相棒が出来たのだ?」
 背後にいるシファへ視線を向けながら訊く。
「ただの荷物だ」
「な、何だと!?」
 うんざりしたような声音に、リザードマンの少女がいきり立つ。彼女が青年に詰め寄った事で、リリエとの距離が開いた。それを千載一遇の好機と見たのだろう。
「どっ、どけぇ!!」
 ノスリアが周囲の兵を突き飛ばし、リリエの首筋に短剣の刃を当てる。
「貴様っ――」
 すぐに気づいたシファは剣を抜くが、
「来るんじゃねえ!!」
 血走った目が彼女に向けられた。
「お前も! お前も! お前もだぁ!! 来るんじゃねえぞ……道開けろぉ!」
 正規兵も私兵も構わず威嚇し、後退る。
「何と卑劣な。ノスリア! 貴様それでも貴族の端くれか!!」
「煩え!!」
 義憤にかられるアルバスに、彼は狂気すら感じさせる表情で怒鳴り返した。そのまま剣を振りまわし、周囲の人間を退かせる。
「裏口も固められている状態で、何処へ逃げるつもりだ?」
「黙れ! 喋るな!!」
 口角泡を飛ばす相手に、素朴な疑問を投げかけた青年は、つまらなそうに肩を竦めた。
「おい、サンドリヨン」
「何だ? あれは、お前の拾いものだろう」
「解っている。誰も手を出すな、と言いたいんだ」
 いやに静かな声でシファが言う
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