彼女と初めて出会ったのは、今年の冬。友人と出かけたスキー場の、無理やり連れて行かれた上級者コースでの事だった。
決して下手ではないものの上級者というほどでもない僕は、他のスキー客の邪魔にならないように端の方で滑っていたのだが、そこへ迷い出てきた散歩中の彼女を強引に避けようとして転倒。脳振盪を起こして彼女に介抱されたのだ。
ちゃんとした所で休んだ方がいい、と彼女は意識を取り戻した僕を自宅へ招いてくれようとしたが、家族も心配するし学校もあるからと、僕は申し訳なく思いながらもそれを遠慮した。
何故か涙目になる彼女に狼狽えながら、慰めるようにその頭を撫でていると、可愛い顔を小難しげに歪めて何事か考え込んでいた彼女は、こう言ってのけたのだ。
『じゃあ、わたしがキミんちに行けばいいんだ!』
たぶん僕は驚いたはずだし、意味も分からなかったのだろうが、実は当時の事は既に記憶があやふやだった。何というか彼女の思考回路は常人のそれとはズレているらしく、どんなに考えてその思考を辿ろうとも、納得できる気がしないのだ。
結局なし崩し的に僕の家までついてきた彼女に、初めのうちは両親も驚いていたが、明るく人懐こい上に働き者でもある彼女と接するうちに、今では『いい嫁が見つかって、めでたい』などと言うようになっていた。
めでたいのは彼らの頭だと思いつつも、それを黙っておく僕は、なかなか大人かも知れない。
とはいえ僕自身、彼女を全くと言っていいほど負担に思っていないのも事実だった。家に来てから程なくして、近くのパン屋でバイトとは思えない八面六臂の大活躍をしはじめた事もあって、経済的にも負担はない。
無闇に冷静ぶりたがる性格もあってこんな言い方しか出来ないが、結局、僕も両親同様――そして二人とは違う意味でも、彼女の魅力にやられてしまっているのだ。
一年を通して頂上付近に雪を冠する山を近くに望むとはいえ、麓にあるこの町では、夏には半袖半ズボンで過ごせるくらいには気温も上がる。ましてや一日のうちで最も暑い時間帯ともなれば、部屋の入口や窓を開け放ってすら割と地獄である。
つまり僕の部屋は、現在そんな感じなのだ。
後から後から噴き出てくる汗は、とどまるところを知らない。
注意すれば生温い風が吹いているような気がしないでもない室内には、先程から『う〜』だの『あ〜』だのという呻き声が響いている。発生源は、ベッドの上。そこには長い銀色の髪と同色の体毛を持つ、綺麗な褐色の肌の少女が横たわっていた。
「あっついよ、ユズル……」
やや発音しづらそうに僕を呼ぶ少女は、名をキーラという。垂れ気味の目は半分ほど瞼が下りており、薄く開いた唇からは熱を帯びた吐息が洩れていた。
雪山で出会い、暑さに弱く、高い体温がパン屋で重宝されている彼女は人間ではない。イエティという魔物だ。
何故ヨーロッパにイエティがと思わないでもないが、たぶん彼女の先祖がフロンティア精神に溢れてでもいたのだろう。いるものはいるのだから、深く考えても仕方がない。異邦人という意味では、僕だってそうなのだし。
「……そりゃ、熱源に密着してれば暑いだろ」
僕は呆れを隠さず応える。
実はベッドにはキーラだけではなく、僕も一緒に転がっている。
念のため言っておくが、決して好きでやっている訳ではない。愛情表現として他人に抱きつくというイエティの習性を発揮した彼女に、ガッチリとホールドされて身動きが取れないのだ。
いちおう遠回しに互いの体温が不快指数を上げている要因だと伝えてみたが、
「それは、それ」
と彼女の答えは、にべもない。
「団扇とか扇風機とか使ったら、少しは涼しくなるかな……?」
「どうかな」
サイドテーブルに置かれた団扇に視線を遣りながら、僕は言葉を濁す。室内の空気自体が生温いのだから、正直あまり効果はないような気がした。何より団扇は扇ぐという行為の結果として僕が暑くなるし、キーラに拘束されているせいで扇風機のスイッチを入れに行く事も出来ない。
「アイス……は、さっきので最後だっけ?」
「うん。後で買ってくるよ」
「お風呂で水浴びしたらどうかな……」
「浴びた直後は涼しいだろうけど、程なく現状回帰だろうね」
日本には焼け石に水って諺があるんだよ、と僕は虚ろな目で返した。
それから暫くは、キーラも静かにしていた。
騒ぐ気力もなかったのかも知れないが、思案げに眉間にシワを寄せていた彼女は突如その目を見開く。
「そうだ、エッチをしよう!」
「……は?」
聞き間違いだろうかと、僕は胡乱な目を向ける。
ずっと考えてたんだよ、とキーラはこちらを覗き込み、
「ねえ、ユズル。夏風邪って、どうして引くんだと思う?」
「ええと……馬鹿だから」
そもそも何故そんな事を考えるに至った
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