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色彩以上に白を強く意識したのは、全身の感覚が薄れていくからだろうか。
白という色には、無のイメージがある。
辺りは降り積もった雪で、真っ白に染まっていた。
冷たい雪の上に沈むように俯せながら、自分の身体が動かなくなっていくのを、守部幸弘は白く染め上げられていくように感じていた。
自分が何をしていたのかを、彼は覚束ない思考で思い出そうとする。確か、かくれんぼか何かをしていて、絶対に見つからない場所を探していたのだったか。
それが、いつの間にか何もない雪原へ迷いこんで、今にも力尽きようとしているのだ。
身体は冷え過ぎて、もはや寒さも感じない。ゆっくりと瞼が下りていく。
その瞬間、風のない無音の雪原に、サクッと雪を踏む音が聞こえた。
「よかった……」
女性になりかけの少女といった感じの声が、安堵したように呟く。
薄目を開け、視線だけをどうにかそちらへ向けた幸弘の目の前に、誰かがしゃがみこんできた。逆光だが、何故か彼女が微笑んでいるのが分かる。
「もう大丈夫よ」
その言葉を聞きながら、幸弘は意識を失った。
○
その状況に遭遇したのは、コンビニからの帰り道の事だった。
ダラダラと歩く幸弘の前方から、諍うような声が聞こえてくる。
視線を上げれば、そこでは二人の男が幼い少女に因縁をつけていた。二十歳前後の、幸弘と同年代の男たちだ。髪を染め、少し前のダラけた印象のストリートファッションに身を包んでいる。
対するのは、まだ年端もいかない少女だった。せいぜい小学生――十歳程度だろう。
いい歳して、と幸弘は思った。十歳近く下の子供に、何をしているのか。
とはいえ、彼は決して善人でもなければ博愛主義者でもない。普段であれば、こんな面倒事は無視して道を変える。
しかし今日に限ってそうならなかったのは、少女の髪色ゆえだった。
白――綺麗に色の抜けた老人の白髪以上に曇りのない、雪のような色合いだ。
それは幸弘に、今朝がた見た懐かしい夢を思い出させた。ついでに、よく出来たカツラだとも思う。
左手をポケットに入れ、右手にコンビニ袋を提げて近づいて行くと、徐々に男たちの会話内容が聞こえてきた。どうやら彼らは、少女の服装を揶揄しているらしい。
確かに、少女は変わった扮装をしていた。白い衣に、緋袴――つまりは巫女装束という奴だ。
そういえば、と幸弘は思い出した。いまいち浸透してはいないが、今日はハロウィンだった。
おそらく彼女も、何かのイベントに参加するのだろう。或いは、した後か。
巫女装束だけでなく獣耳に尻尾までつけた扮装は、お化けというより妖怪な気もするが、あるていど衣装のパターンが決まってしまう中で、他の子供との差別化でも図ったのかも知れない。
やがて、足音に気づいた手前の男が顔を上げた。それに合わせて、幸弘も足を止める。
「そのへんにしとけよ、大人げない」
「ああ?」
「いい歳して小学生にカラんでんじゃねえって言ってんだよ」
「お前にゃ関係ねえだろ」
まあな、と幸弘は呟く。確かに、少女を助ける義理はない。
「いちおう訊くけど、その子が何かしたのか? だとしても子供のした事なんだし、少しくらい大目に見てやれよ。ハロウィンなんだし、ちょっとくらいの悪戯は子供の特権だろ?」
そう言って再び歩みを再開する彼に、男は舌打つ。
「何、お前。ナメてんの? 喧嘩売ってる?」
険悪な目つきで肩を怒らせ、幸弘の方へ近づいて来ながら、
「ああ、そうだ。このガキが、俺らに悪戯じゃ済まねえような事してくれたんだよ。分かったら、さっさと消えろ!」
「何だ、そうなのか。そりゃ悪かった。許してくれ」
幸弘は淡く笑むように目を細め、胸ぐらを掴もうとしてくる相手の腕を退がって躱す。
「この通りだ」
直後、たっぷりと遠心力を乗せた右手の袋で、男の横っ面を殴り倒した。ちなみに中身は、飲み物が数本。
「ぐぉ!」
男は顔を押さえてアスファルトに転がった。
「手前ぇ!!」
それを見たもう一人の男が、激昂して突撃してくる。
あーあ、と幸弘は嘆息した。アホだ、と胸中で思う。せっかく少女を間に挟んでいたというのに、彼女を盾にする事も思いつかなかったのか。
連れが容赦なく幸弘に殴り倒されるのを見ていながら、ルール無用の路上の喧嘩でなりふり構ってしまうあたり、彼は粋がっているだけの見かけ倒しのようだった。
立場が逆だったら、自分は、少なくとも一対一では分が悪い事くらいは察せられると幸弘は思う。
「っらあ!」
突進からの前蹴りという直線的な攻撃も、喧嘩慣れしていない事を示していた。
もっとも幸弘の方も、決して喧嘩慣れしている訳ではないが。
それでも、冷静に左へ逸れて蹴りを躱す程度の事は出来
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