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貴女は自由でいいね、と言われる事が少なくない。
その翼で、いつでも好きな所へ行けていいね――と。
それを言う彼ら彼女らに悪気がない事は、リーザにも分かっていた。しかし、それでも好きにはなれなかった。
別に、自分は自由などではないと思う。翼で風を捉える事も、魔力で身体を浮かせる事も、永久に続けられる訳ではない。
なのに人は、無邪気に彼女の翼を羨むのだ。
翼を持つ者は自由で、持たない自分たちは何処へも行けないとでも言うように。
その足は何だ、とリーザは思う。
確かに翼に比べれば移動できる距離はたかが知れているだろうが、なぜ比べる必要があるのか。そして、なぜ卑下するのか。
魚に肺呼吸を羨まれたところで、嬉しいだろうか。確かに彼らは陸上では短時間で死んでしまうが、それは人が水中にいたって同じ事であろう。
何にでも、利点と欠点があるというだけの事ではないのか。
けれど人々は欠点にばかり目を向け、無邪気に笑い、悪意でもなくリーザの翼を羨ましがる。
いいね、と。羨ましいね、と。
それは、まるで呪いのように彼女を縛り、やがて、人々が豹変して自分の翼を奪いに来て毟り取られるのではないか、という妄想すら抱かせるようになっていた。
好きにはなれなくても決して嫌いだった訳ではない人々へのもどかしさは、いつしか人前で翼を広げる事への恐怖へと変わっていた。
○
ワイバーンといえば大きな国では軍に所属し、相棒となる騎士を背に乗せて竜騎士となるのが一般的だった。
しかし野生種であるリーザは、その限りではない。のんびりと風景を眺めるのが好きな彼女は、気ままに麓の村へやって来ては、大きな木や屋根の上から下界を見下ろしていた。
ただし、人目につかないように。
翼の存在を疎ましく思うリーザは、人前では翼を畳み、彼らと同じように地を歩いていた。
だから、その背の低い木に降り立ったのは、ただの偶然である。飛んでいる最中にクシャミをしてバランスを崩したので、一旦降りただけだった。
その木は、木造二階建ての前に立っていた。
人目を気にした彼女は地面に下りようと腰をかがめ、そこで目の前にある建物の二階の窓の向こうに、あの少年――年齢的には、そろそろ青年――を見つけたのだ。
少年はリーザが覗いている小窓に背を向け、反対側にある大窓に向けてイーゼルを立てていた。
絵描きだろうか。
何となく興味を引かれた彼女は、枝に腰を下ろして彼の様子を眺めていた。
絵を見る目もないくせに、リーザはどんな絵が出来るのか見てやろうと、気づけばそこへ通う事を日課としていた。
少年は日によって勢いよく絵筆を振るっている事もあれば、眠っているのかと思うほど動かない事もある。
その日もリーザは、彼の家から出てきた画商と思しき男性の姿が見えなくなるのを待って、いつもの枝へと腰を下ろした。そろそろ完成するはずなのだが、昨日は所用で来れなかったため進捗状況が気になっていたのだ。
窓の向こうでは今日も少年が椅子に腰かけ、キャンバスに向かっている。絵は限りなく完成に近づいており、あとは細部の仕上げを残すのみとなっていた。
リーザは目を見開いていた。キャンバスに描かれた風景に驚いたのだ。
それは絶対に、彼の見ている窓の向こうには広がっていない風景だった。空の絵――それも、遥か高空から下界を見下ろす絵だ。
彼女は、それを懐かしく思った。かつて見た事のある風景だ。
しかし、それでもなお、あり得ない絵だった。
千切れたように点在する雲の合間からは、青々と茂る森と、その中を蛇行する大河が見える。河畔には集落があり、人と思しきものが小さく描きこまれていた。
その上空には、二股に分かれた長い尾羽を持つ巨大な鳥が三羽おり、彼らの向かう先には弧を描く地平線と、そこから顔を覗かせる太陽が世界を色鮮やかに照らし出している。
だが、こんな高度から地表の人間を見分ける目など、猛禽でも持ってはいない。三羽の巨鳥は、明らかに架空の生物だ。地平線が弧を描いている事など、どうして人に知る事が出来る。何より朝日であれ夕日であれ、地平線に太陽が触れている時間帯の世界は、もっと薄暗いはずだ。
現実とは、あまりに違う。それは、ともすれば荒唐無稽と失笑を買う絵だ。
しかしリーザは、そんな絵に心奪われていた。凄い、と我知らず呟いていた。
少年は想像のみで、これだけの絵を描いたのだ。その何ものにも囚われない心の在り様を、心底から羨ましく思う。
だから彼女は、我慢し切れずにその窓を叩いていた。
初めは何の音か分からない様子だった少年は、それが背後からのものだと気づいて振り返ると、ギョッとしたように目を見開く。
「何してんの!?」
慌
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