雨とラムネ

      ※

 雨が降っている。
 緑に溢れた庭先では、鮮やかに咲いた紫陽花の葉に小さなカタツムリの姿が見て取れた。
 その取り合わせは、お決まりといえばお決まりなのかも知れないが、しかし実際に目にする事は少ない風景だと僕は思う。
 脱サラした父と共に山間の村へ引っ越してきたのは、この春の事だった。
 もともと趣味で陶芸をやっていた父は、とある品評会で金賞を取った際に、その筋では大家とされる人物から作品を称賛され、勘違い――もとい一念発起して、彼に弟子入りするためにそれまでの仕事を辞めたのだ。
 正直、都会で生まれ育った僕は田舎暮らしというものを妙に美化というか期待すらしていたのだけれど、実際に訪れた山裾の古民家は想像を超えたお化け屋敷だった。いや、出そうではあっても、実際に出たりはしないのだが。
 幸いだったのは、外観はともかく内部は今風にリフォームされていた事と、僕が意外と田舎というものとの相性が良かった事だろうか。
 初めは戸惑ったのんびりした時間の流れや近所の人たちとの付き合いも、今ではすっかり慣れた。たぶん僕は、もうコンクリートジャングルへは戻れないと思う。

      ※

 季節は梅雨。
 稀に晴れる事はあるにせよ、基本的には連日シトシトと雨が降り続いている。
 おかげで僕は折角の休日だというのに出かける事も出来ず、縁側に腰かけて草の葉や地面を叩く雫を眺めるという、のんびりと穏やかな――言い方を変えるなら不毛な時間を過ごしているのだ。
 こんな日に限って学校の課題はない。バイトのシフトにも入っていない。出来たばかりの友人たちとの約束も、特にない。
 家の隣にある家庭菜園の手入れでもしようかと思ったが、この雨では出来る事などない。というか、この雨で雑草が伸びるので、今やると完全な二度手間になる。
 父は陶芸の師匠のところへ行っているので、家は静かだった。溜息をつく事にも飽きたので、今は雨の音しかしない。
 ガサリという音が聞こえてきたのは、そんなときだった。音の方向へ目を遣ると、父が山へ土を取りに行くのに使う獣道沿いの茂みを掻き分けて、何者かが姿を現すところだった。
「う〜……まったく。暫く見ない間に育ちすぎなのです、雑草の分際で」
 忌々しげに下生えを踏みつけながら現れたのは、頭に丸みを帯びた三角の耳を持つショートカットの少女だった。
「……え?」
 何かの見間違いだろうかと目を擦ってみるが、彼女が消えたりする事はない。
「ん?」
 彼女の方も僕に気づいたらしく、怪訝そうに眉根を寄せている。
「……お前は、こんな所で何をしているのですか」
「何って……」
 何をしているのだろう。しいて言えば、暇を持て余しているのだが。
「こんな廃屋風味のあばら屋にいるという事は、家出人か何かですか。それとも憑く家を間違えた、間抜けな座敷童子ですか」
「童子って歳じゃないし、廃屋風味でも中身はしっかりしてるよ」
 苦笑しながら僕は答える。彼女の口調は尊大だが、何処か子供が背伸びをしているようで微笑ましい。
 少女は馬鹿にするように、フンと鼻を鳴らした。
「お前など、私からすれば小童なのです」
「つまり、そんな歳なのか――」
「女に歳の話を振るものではないのです。そんなんだから、お前は小童だというのです」
「……自分から言ったんじゃないか」
 彼女の理不尽さに控えめに不服の意を表して見せるが、当人はどこ吹く風だった。
「つまり、お前はここに住んでいるという事ですか」
「うん。父さんと二人で」
「……こんな人里離れた場所に親子で住むという事は、もはや人間社会では生きていけないような犯罪行為に手を染め、逃亡中という事ですね。または夜逃げ」
「どういう想像だよ……」
 僕は頭痛を堪えるように額に手を遣り、俯く。
「それで結局、何をしているのです」
 少女は構わず、マイペースに話を続けた。
「特に何も。やる事がないから、雨が降るのを眺めてた」
「ほう……。小童の割に、なかなか風流な趣味なのです」
 決して僕はそんな趣味を持ち合わせてはいないのだけれど、何故か感心したような少女の口調に否定する事も出来ない。と――
「うわ。今更だけど、ズブ濡れじゃないか!」
「本当に今更なのです。というか雨の中を傘もなく歩いて来たのですから、もはや濡れている事など驚くに値せず、むしろ濡れていなかったときにこそ驚くべきなのです」
 確かにそうかも知れないけれど、驚かなくてもいいから多少は慌てるくらいしてもいいんじゃないだろうか。女の子なのだし、身体を冷やすべきではないはずだ。
「タオル持って来るから、こっち来て」
 少女を縁側へ呼び寄せ、僕はバスタオルを取りに行く。
「……ん?」
 というか、シャワーでも浴びさせた方がいいのではないか。その間に服を洗って乾
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