三章

      ※

 今日も今日とて、エルフィスに抱かれていた。
 既に調教師として何人かの女性を仕付けている彼に、まだ練習が必要なのかは分からない。けれど彼は、ほぼ毎日、男たちが酔い潰れて寝静まった頃にやって来ては、エイリアを抱くのだ。
 そのせいか、エイミーはエルフィスの部屋で寝入ってしまう事が多かった。代わりに事が終わった後、エルフィスとエイリアは、そのエイミーのベッドで朝を迎える事が増えていた。
 初めてエルフィスの腕の中で目覚めたときの、あの頭が真っ白になってしまう感覚を、エイリアは鮮明に憶えている。
 唇が重ねられた。もう彼の舌が侵入してくる感触にも、彼の唾液を飲みこむ事にも嫌悪感はなくなっている。目の前で閉ざされた瞼から伸びる睫毛が意外と長い事や、その下の宝石のような瞳の色や、中性的な造形が浮かべる笑みが時々やけに優しい事も、もう知っていた。
 そう――彼は優しくなっていた。何も知らない状態でドルムスの指示に従うだけだった初めてのときはともかく、それ以降はアマルダや他の男たちから別のやり方を聞く機会があったにも関わらず、相変わらずこちらの言う事には耳を貸さずに、一方的な蹂躙を続けていたというのに。
 いつからだろう、と考える。確かアマルダに呼ばれて、レミアという少女の相手をした日から数日が経過した頃からだった。
「何か……あったのですか?」
「え?」
 エイリアは、ハッとなる。胸中で呟いただけのつもりだったのに、口に出してしまっていたらしい。
「いえ! ……何でもありません」
 以前ならすぐ別の言葉にすり替えられたというのに、今では口応えも満足に出来なくなっていた。
 あまりの情けなさに唇を噛んで顔を背けようとすると、口づけの前のように顎を掴まれ、それを阻まれる。
「言ってみ」
「……いえ、その」
 僅かに躊躇い、
「貴方の私への扱いが、以前より優しくなっている気がして……。それがレミアさんの所へ行ったあたりからなので、彼女と何かあったのではと……」
 まるで嫉妬のようだと、ふと思った。
「何か、って……普通に抱いただけだけど」
「普通……私にしていたようにですか?」
「いや。あのときは、恋人みたいにって頼まれた」
 恋人、と呟きエイリアは俯く。そのまま震える声で、
「な……ならば、もう私で練習する必要などないはずではありませんか。何故、ここへ来るのです……?」
 そして勢いよく顔を上げ、
「何故、私のところへ来るのですか!? 何故、私を抱き続けるのですか!?」
 今にも泣き出しそうな声で叫んだ。
「貴方が優しくするから、私はおかしくなってしまいました! 大嫌いなのに……最低の行為で私の処女を奪い、私の夢を踏みにじり、私を汚し続けているのに……」
 とうとう決壊した目尻から、大粒の涙が溢れ出す。
「どうして、こんな思いをしなければならないのです……!? どうして、こんなに貴方の事が気になるのですか!!」
 泣きながら、エイリアはエルフィスの胸に顔をうずめた。
 嗚咽するこちらの頭を、彼は暫く優しい手つきで撫でてくれていた。けれど落ち着いてきたのを見て取るや、後頭部付近の髪がグッと掴まれる。そのまま無理やり上を向かせられた。
「ぅあ!?」
 痛みに顔をしかめる間もなく、強引に唇を塞がれる。
「んっ、んんー!? んっんっ――んぅ、ぁ……はぷ、んんっ――んふ、ぅ……」
 初めの頃のような、暴力的な口づけだった。
 エイリアが驚きに身体を硬くしているのにも構わず、エルフィスは一方的に彼女の舌を、口内を蹂躙する。そのままベッドに押し倒されても尚、唇を離す事をしない。
 いいかげん苦しくなってエイリアの意識が遠退きかけた頃、彼はようやく口を離した。ぼうっとした瞳で荒く息をつく彼女を至近距離から睨み、
「分かってないみたいだけど、俺の態度が変わったっていうなら、それはお前が自分の立場を理解したと思ったからだ」
「っは……たち、ば……?」
「忘れたなら、もう一度教えてやる。お前は俺のものだ。従順になったなら厳しくする必要はないと思ってたけど、それが嫌なら態度を戻してやろうか」
 酷薄に細められるエルフィスの目に背筋が寒くなり、エイリアは勢いよく首を振る。
 エルフィスは鼻を鳴らすと、エイリアの上から退いた。傍らのベッドに放り投げてあったシャツを羽織ると
「気分が壊れた。今日は寝る」
 そう言って、未練などないような足取りで部屋を出ていく。
 暫くして不思議そうな表情のエイミーが戻って来ても、エイリアは乱れた服も直さないまま呆然と座りこんでいた。


 深夜。明かりのない室内を、月だけが仄青く照らしている。
 カーテンを開けているのはエイリアだった。隣のベッドでは、エイミーが無邪気な寝顔で規則的な寝息を立てている。ここへ来たばかりの
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