『アシュレイの事を母親だと思った事なんて、一度もないよ』
そう言われた瞬間は、本気で心臓が止まるかと思った。
リーズとは良い関係を築けていたつもりだし、だから嫌われちゃいないはずだった。
けれど……アタシはアイツを何処かで侮っていたのかも知れない。いつまでも子供だと思って、そう扱いすぎていたのかも知れない。
そりゃあ怒るだろう。プライドだって傷ついたはずだ。あれでも一応、男な訳だし。
リーズを拾ってから、もうすぐ十年になる。
いつの間にかでかくなったアイツは、今では角を除けばアタシよりでかい。
薄っぺらかった胸板も厚みを増し、ヒョロ長かった手脚もがっしりと引き締まっている。
あの毒を受けた日に魔物狩りどもを睨みつけた目で何となく予感してたが、面構えもなかなかのモンだ。若干、女好きしそうな優男風の雰囲気を残しちゃいるが、中身は割と誠実に育ったらしい。
あのワーウルフの小娘との関係も、いつの間にか、ちゃんと結論を出したんだそうだ。
てっきりアタシは、くっつくモンだと思ってたんだけどな……どうも違ったらしい。
まあ、そういう諸々を含めても、なかなか良い男に育ったと思う。身内贔屓かも知れねーが。
だからこそ、アタシはリーズとの関係に悩んでいた。
今更だが、アタシは魔物だ。どんなに頑張って母子になろうとしても、それは母子みたいな何か≠ェ限界だった。
血も繋がってない、ましてやアタシ好みに育った男を前に、疼きを抑え続けるのは至難の業だ。正直、かなりキツかった。
多分、アタシは駄目な女なんだろう。
母子ごっこをやめて、獲物としてアイツを押し倒す事も出来ず、かといって嫌われたくもないからと、遠回しに自立を促したり他の女の話をしたり。
いつから、こんな無様な女になったんだ!? アタシは。
悶々としながら、アタシは日々を過ごしていた。
自分だけじゃ答えが出せそうにねーから、ドリアードにもアルラウネにも親馬鹿ワーウルフにも相談してみたが、どいつもこいつもマトモに答えやしねえ。のらりくらりと分かるような分からねーような事ぬかして、笑ってるだけだ。
実は、あいつらアタシのこと嫌いなのか!?
特にドリアードには、心底あきれ果てたような溜息をつかれた。
『精神的には、もう、あの子の方が大人なのかも知れないわね』だとよ!
どういう意味だ!
で、その意味を今日、思い知らされた訳だ。
今になって思えば、確かにアタシは男を獲物としてしか捉えていなかった節があるから、こういう感情≠ヘ縁遠いものだった。そういう意味じゃ、確かにリーズの方が大人だったかも知れない。
『アシュレイの事を母親だと思った事なんて、一度もないよ』
あいつも相当、我慢してたんだろう。思い返せば、確かに色々それらしい言動があった気もする。
気がする、だけで気づかなかったんだ、アタシは。だからとうとう、あの穏やかなリーズもキレた。
後ろから抱き締められて、ずっと好きだったんだ、なんて耳元で囁かれた。
答えるより先に唇を塞がれて、気がついたら舌を絡めていて、そのまま押し倒されて――って、なに書いてんだアタシは!? 馬鹿か! いちいち記録すんな、そんな事!!
とにかく! そういう事になった。
思い出すと恥ずかしいって事は、アイツに伝えたアタシの気持ちは間違ってないって事だろう。
うん……アタシもアイツが好きだ。
人間の文化はよく分からないけど、渡されたアイツの母親の形見の指輪も、何かそういう意味があるんだと思う。
だから、あの日とは少し意味が違うけど、やっぱりアタシはリーズと生きていく!
だから、今日で育児日記も終わり!
……どうでもいいけど、何でアイツあんなに上手いんだ?
教えてないぞ? 血筋か?
大丈夫か、アタシ……?
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