洗いもの

 食後には歯を磨く。
 当たり前といえば当たり前だが、だからこそアタシにとっても、それは当たり前の習慣だった。初日にこそサボってしまったが、それ以降はリーズにも徹底させている。
 歯を磨くための道具は、知り合いのドワーフが作っていた。彼女らは手先が器用なのだ。
 縦に綺麗に裂ける柔らかい植物の繊維を細く束ね、平べったい木の棒に密集して開けられた同じくらいの大きさの穴にそれを通して長さを揃える。
 本当はもっと細かく工程が分かれているらしいが、大雑把に言えばそんな感じらしい。
 歯磨きが終わったら、今度は食事で使った食器を洗う。
 アタシだって料理くらいはするのだ。別に、いつもいつも肉や魚に塩を振って焼くだけで済ませる訳じゃあない。
 リーズには、自分で使った物は自分で洗えと言ってあった。
 聞いた話では人間たちの間でもこういう躾はあるらしいが、アタシの場合は単に面倒なだけだ。サッサと彼を放り出す算段をつけたいのが本心である。
 隣で食器を洗うリーズは、相変わらずの無言だった。
 親を殺されたせいなのか生来の気質なのかは分からないが、普段も殆ど喋る事はない。アタシとの意思疎通も、首を縦横に振る事での肯定や否定で成り立っていた。
 さわさわと風が吹く。
 風下にいた事もあって、ふとアタシは気づいた。
「……お前、ちょっと臭うな」
 考えてみれば、ここへ来て数日――リーズは着の身着のままだ。身ひとつで逃げていた彼に、着替えなどある訳もない。
「だあ、面倒くせえ!」
 アタシは少し乱暴に頭を掻く。彼を放り出す算段ばかりに気を取られ、その間の彼の生活の事を失念していた。
「……しょうがねえ。このあと洗濯するから、お前その服脱げ。そのあと身体も洗ってやる」
 言った瞬間、勢いよくリーズが振り返った。驚いたように目が見開かれている。
 何だその顔は、と問うより早く、彼は踵を返した――
「逃げんな!」
 その襟首を慌てて掴む。
「ったく」
 洗い終わった食器の入った籠を左手に提げ、リーズを右手で抱え、アタシは洞窟へと戻った。



 用意したのは、やたら繊維の多い太めの瓜を腐らせて乾燥させた束子だった。
 綺麗に繊維だけが残ったそれで身体を擦るのだ。
 それと石鹸と洗濯物とリーズを抱え、再び川へ。
「ほら、観念しろって」
 ジタバタと暴れるリーズを押さえつけ、服を剥ぎ取る。それを他の洗濯物の上に放り、川へ入った。
 陽は高く、じっとしていても汗ばむ程の気温だ。ならば風邪をひく事はないだろう。
 それでも一応用心して、温む水へとゆっくりリーズを下ろす。
「手足の先から少しずつ水をかけろ」
「…………」
 一瞬非難がましい視線を向けながらも、彼は言われた通りに身体に水をかけ始めた。
「大して冷たくないだろ?」
 石鹸を泡立てながら訊くと、渋々といった感じで頷く。
 アタシは悪戯心を刺激されて、掌に水を掬い取った。それをそのまま、リーズの背中に垂らす。
「――っ!?」
 突然の感触に声にならない悲鳴を上げ、リーズが跳び退いた。
「ふふん……相変わらず臆病だな」
 振り返った彼の表情が可笑しくて、アタシは失笑する。リーズは、ムッとしたように眉根を寄せた。そして――
「ゎぶ!?」
 バシャッという音が聞こえたかと思うと、アタシの顔で水が爆ぜた。どうやら反撃されたらしい。
「手前ぇ……」
 意外にも、それに対する苛立ちのようなものはなかった。むしろ想像もしていなかった相手の手応えに、気分が高揚していた。オーガの性である。
「上等だ、こら!」
 川の中に尻餅をついていたリーズが慌てて立ち上がろうとするが、
「逃がすかよ!」
 それを後ろから羽交い絞めにして、そのまま川の深いところへ跳びこむ。
 ザバアッ、と大きな水飛沫が上がった。

 水面へ浮上して頭を振る。
 いちおう泳ぎの経験はあったのか、周囲を見回すと拙い泳ぎで逃げていくリーズの後頭部が見えた。アタシはそれを追いかけて、背後から抱きすくめるようにして彼を捕まえる。
「アタシに反撃しようなんざ、十年早ぇ」
 そのまま脇腹をくすぐってやると、彼は焦ったように身をよじった。
「ほらほら、どうした? 黙ってねーで、笑いたきゃ笑えよ。それとも、参りましたって言うか?」
 挑発するように言って更にくすぐると、やがてリーズの口から、くふっ、と呼気が洩れる。
 それが呼び水になったのか、今までの無口は何だったのかと思うくらいの勢いで彼は笑い出した。
「ふ……あはは、やめて――もう、やめて。参った、から……! あは――あはははは!」
 無理やりとはいえ、初めて見たリーズの笑顔は意外と可愛かった。


「うっわ、髪の毛ジャリジャリだな」
「……地面に寝てるからだよ」
 砂を揉み出すように頭を洗ってやっていると、先程のじ
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