カランコロン、というドアベルの音に顔を上げた少女は、いつもの癖で反射的に営業スマイルを浮かべた。
「いらっしゃいませ!」
「ええと……すみません、郵便です」
しかし視線の先――入口では、郵便業者の帽子を被ったセイレーンが申し訳なさそうに会釈する。
「あ、ご苦労さまです」
少女の方も若干気まずげな表情になり、差し出された封筒を受け取った。
郵便屋が帰ると、それと入れ替わるように厨房から顔を覗かせた少女の兄が、彼女と彼女の手元へ視線を向けながら、誰が来たのかと訊く。
「郵便。お兄ちゃん宛だよ」
封筒を受け取った青年は、裏返して差出人を確認してからそれを開けた。
「何て書いてあるの?」
椅子に乗って横から覗き込みながら、少女は訊く。
「同窓会のお知らせ、だってさ」
そこには、彼らが数年前まで通っていた学校の名前が書かれていた。
少し大きすぎる気がする時計塔の鐘の音も、一年以上通えば流石に慣れた。
生徒たちが自分の席に着くにつれ、常にも増してザワついていた朝の空気が収束していく。木製の床を叩く靴音が近づき、ガラリと教室のドアが開けられた。
「おはよう、みんな」
そう言って姿を現したのは、二十代後半ほどの女性教師だった。このクラスの担任である。
「もう知ってる人もいるかも知れないけど、今日はホームルーム前に転校生を紹介するわ」
そう言って彼女が呼びかけると、開きっ放しのドアから一人の女子生徒が入って来た。白い首筋が覗く、赤みがかったショートヘアの少女だ。
教壇に立った少女は、担任に促されペコリと一礼する。
「初めまして。シャーリィ=エルミーナといいます」
表情は何処か自信に満ち、言葉はハキハキとしていた。好感を抱いたらしい男子が彼女を囃し立てたり、質問をしようと手を挙げたりしている。
「はいはい、そういうのは休み時間にしなさい。その方が彼女も早く馴染めるでしょ」
魔物でもないくせに発情期を迎えた男どもをアッサリ制し、担任はシャーリィへ視線を向けた。
「席は窓側のいちばん後ろになるけど、視力は大丈夫かしら?」
「はい」
「そう。分からない事があったら、気軽に周りの人に――っていっても、いきなりは無理か。じゃあ、そうね……」
思案げに視線を巡らせる担任は、窓側の列の前から二番目の席で微妙に目を逸らした男子生徒にニッコリと微笑いかけた。
「あそこにクラス長がいるから、初めのうちは彼に訊くといいわ」
シャーリィに分かるように指差して言う。
「頼むわね、リク」
「……はい」
いくら風邪を引いたとはいえ、迂闊に休んだ結果押しつけられた役職を心底呪いながら、彼は諦めの滲む声で頷いた。
「では今日は、ここまで」
四時間目を担当する教師がそう言った瞬間、他の時間なら促されてからかけられる日直の号令が、殆ど教師の言葉にカブるようなタイミングでかけられた。もっとも、どのクラスでも同じなのか、それを咎める教師はいないが。
「起立! 礼!」
その言葉が合図だった。全生徒――特に窓側の席の男子が、脚に溜め込んでいた力を全解放しドアへと走る。購買戦争の戦端が開かれたのだ。
校舎中が揺れるような足音の怒濤を他所に、リクは机の上を片付ける。弁当組は気楽なものだった。
「あの……」
控えめにかけられた声に顔を上げると、目に入ったのは赤みがかったショートヘア。
「エルミーナ、だっけ。何?」
「あ、うん。リク君だよね。朝は、ごめんね。何か、押しつけるみたいになっちゃって」
「別に、君が押しつけた訳じゃない」
「ありがと。で……早速で悪いんだけど、都合が悪くなかったら放課後、校舎の案内を頼めないかな?」
もっともな依頼に、リクは頷きを返す。特別教室などの位置は知っておかないと、今後困るだろう。と思いきや、
「最低限、購買と学食だけは知っときたいし」
食い気全開だった。
「……」
「な……何かな、その視線は。大変なんだよ、一人暮らしは。お弁当なんて作ってる暇ないし、切実なんだから!」
無表情なリクの視線にそれでも何かを感じたのか、シャーリィは少し狼狽えた様子で取り繕うように言う。
「そう……で、その大変で切実なエルミーナは、今日は大丈夫なの?」
「ん?」
「今頃は購買も学食も、イナゴの群が通過した後の穀倉地帯みたいになってると思うけど」
涼しい顔で言うリクとは対照的に、シャーリィの顔が青ざめた。
察する必要もないほど明白な態度に溜息をつき、リクは鞄の中から小さな紙袋を取り出して彼女に手渡す。
「あげる」
「何、これ……あ、メロンパン。いいの?」
頷くリクに尚も不安そうに、
「でも、これリク君のお昼じゃないの?」
「俺は弁当があるし」
「お弁当があるのに、何故メロンパンを……」
「おやつ」
しれっと答えるリクに、シャーリ
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