酷く嫌な夢を見た気がした。
ゆっくりと目を開けた筈なのに、相変わらずの闇の中。まだ夢を見ているのかと思ったが、暫く立って、夜なのだと気づいた。
(ああ……倒れたのか)
身の程を忘れた全力疾走と絶叫。この結果は当然の帰結だった。
(……これが僕の限界か)
月の光が射しこむ薄暗い部屋。ベッドに横たわったまま、くしゃり、と両手を前髪にうずめ、掴む。いなくなった人々の顔が、次々に思い出された。
頭の中では、出口のない問答が続いている。
『どうして止めなかったんだ』
『止められる訳ないじゃないか』
『どうにかなったかも知れないだろう』
『どうすればよかったって言うんだ』
どうして。どうして。どうして。
みんなが、いなくならなければいけないんだ。
いなくなる必要などなかった筈だ。ならば何故、彼らはそうなったのか。
ドラゴンのせいだ。何もかも全て。
ドラゴンさえいなければ、誰もいなくなる事はなかった。村の青年達も、メルシャも、フリオも、クレムも。
「……ょくも」
食いしばる歯の間から、怨嗟に満ちた声が洩れた。
彼らは守りたいだけだった。大それたものなどではない、ただの平凡な毎日を。
『みんなが頑張って作った作物を、これ以上盗ませる訳にはいかねえよ』
クレムの言葉が思い出された。頑張った中には当然、彼自身だって含まれるのだ。
そう、みんな頑張っていた。頑張っていたのに――
(僕だけ頑張ってなかったんだ!!)
だからみんなが死んだ、という訳ではない。だが、与えられる安寧を享受するだけだった自分に、みんなの死に憤る資格はない気がした。
(何て……無価値な)
悔しさに涙が溢れる。なぜ自分なんかが生きていて、クレム達が死ぬのか。どうせ死ぬなら、自分が死ねばよかったのに。
けれど、頭の何処かで囁く声がする。ただ死ぬだけでいのか、と。
(いい訳がない)
そう。自分が死ぬだけでは意味がない。無価値な人間が死んだところで、それこそ無価値な事でしかない。ならば、どうするべきか。
(刺し違えてでも殺してやる!!)
赤くなった目で天井を睨みつけ、ゆっくりとジークは起き上がった。ゆらり、と幽鬼のような足取りで部屋を出て行く。
まともに戦っても勝てる訳がない。ましてや、ジークでは勝てる見こみは完全にゼロだ。しかし――心当たりはある。
神殿――その最奥部に柵で囲まれた台座があり、その上には鎖で固定された槍が安置されていた。柄は白く、金の装飾がされており、穂先の刃は大きく、それは刺突だけを目的にしたものではなかった。
槍の伝説には、こうある。『其は、己を携えるに相応しき者を自ら選び、認めし者に無限の活力を与え、人の身を戦神と化す』と。それが本当かどうかは判らない。だがジークに頼れるものは、もう他になかった。
神殿の大きな扉を、身体全体を使って開ける。普段ならそんな苦労はしないものの、倒れた影響が残っているのか、身体が思うように動かなかった。頭で思うよりワンテンポ遅れて、身体が反応するような感じだ。酷くもどかしい。苛立ちを隠さず、乱暴に扉を押し退けた。
暗い神殿内をランプの明かりだけを頼りに進み、台座の前に立つ。暗闇の中にあっても、槍の神々しさが霞む事はなかった。淡い紫色の光に包まれているようにも見える。
呼ばれたような気がした。願うなら手に取れ、と。それに従うように、ジークは槍を掴んだ。
ドクン。
心臓が脈打つ。槍を掴んだ手から、何かが流れこんで来た。喩えるなら、清涼な水と風。それらが全身を駆け巡るようだった。
(やれる!)
確信と共に槍を持ち上げる。それは羽毛のように軽く、固定用の鎖は何故か、枯れ草のように千切れた。
山頂へと続く暗い森を、ランプを片手に踏破する。整備されている訳でもない山道は険しく、身体を鍛えている大の男でも息が上がる事だろう。
本来であれば、ジークのような身体の弱い人間に登れるようなものではない。普段の彼ならば、いまごろ意識を失って行き倒れている筈である。だが、今は違う。神の槍から送りこまれる活力によって息切れ一つしていないのだ。
村を出たのが真夜中という事もあり、山頂付近の開けた場所に辿り着いた時には夜が明けていた。平らに均されたそこには、意外にも木造の家屋が建っていた。恐らく、この辺りの森を切り拓いた際に出た木材と使ったのだろう。ドラゴンが家を建てるという話は、あまり聞いた事がなかったが、そもそもこんな所に人が住んでいる訳がない。
ジークは家の扉を睨みつけ、槍を握る手に力を籠める。大きく息を吸いこみ、そして――
「何だ、またか」
言葉を放つ直前に話しかけられ、心臓が跳ねる。
「誰だ!?」
慌てて身構え辺りを見まわすが、誰もいない。
「誰だ、か。誰に用があって来たのかも忘れた
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