「うわわっ!!」
ジョンの叫び声が洞窟中に響き渡った。
この日、彼は知り合いの冒険者たちにカネで雇われ、トレジャーハンティング目的で洞窟に挑む彼らの用心棒をしていた。彼の仲間たちは一斉にジョンの方を向いた。その事自体はひどく当然のことであった。なにせ、大剣を携えた筋骨隆々な巨漢の戦士が、その風貌と、潜り抜けた修羅場の数から考えれば到底ありえないほどに驚愕と悲嘆に満ちた、まるで台所でゴキブリを目の当たりにした年端も行かぬ少女のような、とも表現できる悲鳴を挙げたのだ。これは明らかに普通の事ではない。よほどの脅威に直面したものと思うのが当然であろう。
だが、仲間たちの表情は、疑問と困惑と警戒心に満ちたものではなかった。それどころか、むしろ呆れと哀れみが混ざったような視線をジョンに向けたのである。実際、彼らはジョンがこのような悲鳴を上げる事にはすっかり慣れっこになっていた。そして半ば哀れみ、半ばあきれていたのである。そして、その表情にふさわしい、呆れたような声が、彼らのひとりから発せられた。
「おい、またかよ」
ジョンの視線の先にいたのは、一匹の蛇であった。
むろん蛇といっても様々な種類がある。ある蛇は牛を絞め殺すほどに巨大であり、別の蛇は小型ではあるがその牙には猛毒をひそめており、人間を容易に死に至らしめる。あるいは上半身が人間の女性、それもとびきり美人な女性の姿をした者もおり、ある種の脅威……むろん、それは別の者に言わせればこれ以上のない極楽らしいが……を主に男性に与えてくる。だがジョンの前に立ちはだかり、彼をして驚愕の悲鳴を上げさせたのは、そのような危険な種ではない。世界中の草むらや洞窟の中に潜み、ネズミやらカエルやらを食べながらつつしまやかに暮らしている、どこにでも普通に見かけるようなアオダイショウかシマヘビの類であった。本来なら、大の男を驚かせるには、体躯、実力、威圧感、そういったものが圧倒的に不足しているはずであった。
「……ああ、すまない」
仲間たちの方を向き直り、答えるジョンの声もまた、先刻の悲鳴同様、本来の彼の物ではなかった。本来のジョンの声は、彼の力強い体躯に相応しい大声であり、それは戦場で放たれるなら味方に鼓舞を、敵に恐慌をもたらすに十分なものであり、戦場を離れれば酒の力も加わり宴席をおおいに盛り上げるのが常であった。そんな男が発したとは思えない、弱弱しい、女々しいつぶやきであった。そしてその視線は蛇から逃れ、助けを求めるかのように仲間の方を向き、足は震えるようになんとか蛇から離れんとしていた。
酒とケンカを愛し、戦場を駆け抜け、敵兵や野獣を相手に武を振るい、その力を誰もが認めるジョンの、ほとんど唯一といってもいい弱点が、蛇であった。全身鎧を着こんで大斧を振るう蛮族の勇者、巨躯を誇る野生の熊や虎の類すら恐れを知らず立ち向かうジョンが、手や足もない、ただ長細い……長いといってもせいぜい人間の手足ほどの長さあるかどうかもあやしい……だけの、せいぜい女子供に多少の嫌悪感を催す程度が精一杯の生物を恐れ、おびえすくみあがる光景は哀れであり、滑稽ですらあった。
ジョンにとって幸いであったのが、普段の、それこそ彼の生涯のうち9割9分9厘までを占めるであろう勇名は、大の大人が蛇を恐れるなどという情けない事実程度では揺らぐ事のない確かなものであり、この事実でジョンが周りの者から後ろ指を指される事はまずありえないという事であった。もうひとつの幸運は、ジョンがこのように蛇を忌み嫌うようになったのはれっきとした理由があり、彼の親しい者たちがそれを正当なものであると認めている事であった。
多くの人間は、その心の奥底に恐怖を潜めている。
例えば智と法で国民を導く政治家が、ズボンの裾のわずかな汚れに恐怖する。贅をつくし美食をほしいままにした食道楽者が、トマトだけは頑として拒否する。多くの部下を率いて思いのままに操る軍人が、家では両親や妻の視線を恐れ縮こまっている。極めてありふれた光景である。
おそらくそういうものは、何もない所から自然に発生するものではない。例えば清涼な池に徐々に汚泥がたまり、いつしか腐臭を発する沼地と化すような事もあるし、逆に平和な町の近くにあった火山が突如噴火して地獄絵図と化すように発生する事もある。いずれにせよ、人間にトラウマを引き起こすためには、なんらかのきっかけが必ずあるものであった。
ジョンにとってもそれは例外ではない。そして彼の蛇嫌いは、本当にある日突然、青天の霹靂とも呼ぶべき突然の大事件により引き起こされたものであった。
「乾杯!」
ジョンたちのこの日の冒険は「いつもよりはマシ」な結果に終わった。
彼らは何ら財宝を得たわけではない。金銀財宝も、それにつながるような宝の地図も、捨て
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